2011.09.21
あの人が通う、特等席のカウンター Vol.2片岡愛之助が通う、特等席のカウンター
Vol.2 片岡愛之助
常に大勢に囲まれて働く歌舞伎役者という職業。
カウンターという場所では、ひとりのようでひとりじゃない。
人が好きで、仕事が好きな、彼のことだから。
※こちらの店舗は現在移転しております。掲載情報は移転前の情報です。
「うわぁ、美しい! 表面はかりっと中はふわふわの、何とも言えない食感ですね!」
六本木『さ行』のカウンターに初めて座った片岡愛之助さんの前に置かれた器には、店主・佐藤正也氏が禅寺で学んだ手法で作る、「胡麻豆腐の葛揚げ」が。「お客さまに1番食べて欲しいもの」、と佐藤氏が言うそれを愛之助さんは、大事に受け取る。彼の賞美を慎み深い笑顔で、佐藤氏がまた受け止める。
「どちらのお生まれで? 山形ですか。修業は赤坂の『きくみ』というお店、8年ですか」
町で食堂を営む父のもとに生まれ、高校卒業後日本料理店で修業に入った佐藤氏。開業にあたり、10数年勤めた山形の老舗料理店を辞め上京してくれた3つ年上の兄がいること、兄とは生まれてこの方一度も喧嘩をしたことがないこと……。万事、控えめな佐藤氏をリードするかのように、愛之助さんは会話を紡ぐ。佐藤氏の、人となりが見えて来る。
「1年のほとんどが外食。舞台の時は、仕出し弁当で済ますことも。ひとり飯も多いから、カウンターがある店にはよく行くんですよ」
33歳までは焼肉三昧だったと笑う、愛之助さん。最近は和食の頻度が増えた。
「ひとりの時は、大将によく話しかけます。違う業界のプロの話は、本当に興味深い。旬の食材を教えていただくのも、楽しいしね」
そんな姿を見て、よく並びのお客が彼に話しかけてくるという。酒と美味が手伝って、ひと夜の温かい賑わいがカウンターを包む。
「歌舞伎をご覧になったことがない? じゃあ今度ぜひ! よろしくお願いします」
人間に対する興味が深いと、愛之助さんは言う。10月演舞場で、彼は「義賢最期」の木曽義賢を演じる。立役の壮絶な大立廻りがあるのは「蘭平物狂」とこれだけ、と言われるほど珍しい演目。だが愛之助さんは、義賢の心の機微こそを大切に演じたいと言う。
人は誰でも、その内に希望と葛藤と諦観を持っている。愛之助さんは夜毎、カウンターでそれを食みながら、舞台の上の誰かを思う。それが自分に同化するまで、思い続ける。
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