「ラランド」サーヤが書き下ろし!“港区の代理店時代”の葛藤と、いま“渋谷”を愛する理由

誰かと比べてマウントを取るより、自分の好きに根を張る


それに渋谷の何が良いって、みんな自分のことしか見ていない。それはもちろん良い意味であって、誰かと比べてマウントを取るよりも自分の好きを追求しているということだ。

むしろ自分がないことに対する嫌悪感は強いような気がする。好む場所を見つけて、じっくりと根を張っていく感じ。

店のグレードで自分のランクが決まるわけではなく、そこに行って誰と何を話して何を食ったかに重きを置く。誰と行っても格好がつく店じゃなくて、汚くて臭くても話が弾む店が良い。そっちの方が私の性には合っている。

もちろん広尾や六本木の煌びやかな店もテンションが上がるけれど、やっぱりどこか背筋が伸びてしまう。カウンターで職人の手から直接いただく鮨よりも、知らない爺さんと肩をくっつけて食べるモツ煮の方が味がする。


渋谷井の頭線ガード下のことを、私は天国と呼んでいる。

あれ、戦してる? ってぐらいに狼煙が上がっている方向へ目を向けると『鳥竹総本店』がある。焼き鳥の煙につられてつい入ってしまう。

焼き鳥なのにうなぎ串を使用するほどボリュームがあり、大味に見せかけてちゃんとジューシー。炭火の香りが鼻を抜けたぐらいで金宮焼酎を流し込めば完成する。

いつも満席で2階の座敷は隣との間隔がほぼないから賑わいがすごい。このガヤガヤした空気に何回救われただろうか。

少し声を張らないと届かない場所の方が、本当に言いたいことだけ言うようになる。ただ、酒が回ると下ネタを大声で言うだけになる。

ガヤガヤに包まれたい時はもう一軒、"山家"に行く。ギャルよりも目立つ真っ黄色の看板が目印だ。本当に気心の知れた友人とはここで飲むことにしている。

大体2、3軒目にやって来るから完全な記憶ではないのだけれど、良い店だと認識している。昔の恋と同じで、すべてを覚えていない方が美化されて良い思い出になる。

"山家"も焼き鳥が有名だけれど、そんなことより活気と安さが好きだ。小鉢料理が充実しているから、ただ酒を飲みたいだけの日にもちょうどいい。

この店のトイレから出てこなくて友人に叩き起こされたことがあるらしい。それすらも覚えていない。

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