
「ラランド」サーヤが書き下ろし!“港区の代理店時代”の葛藤と、いま“渋谷”を愛する理由
偽りの自分から解放された瞬間
芋娘が新卒で広告代理店に入社し、少しずつ社会人に染まっていく過程で、港区には私から無理やり剥がされた垢がそこら中に落ちていると思う。血の混じった、分厚い垢。
お花見シーズンの目黒川に浮かぶ桜の花びらを見て、こんなことを思い出すのは私ぐらいだろうか。
会社は赤坂のど真ん中で、"港区に勤めている女子"として3年ほど働いて辞めたけれど、あの時に感じた街の印象は未だに変わることはない。
芸人として食えるようになり、いつの間にか赤坂TBSで冠ラジオができた。
初回の収録を終えてスタッフ陣と会食をすることになった日、テーブルの一番奥に通され、スタッフさんに当たり前のように「何飲まれますか?」と聞かれたとき、人生で初めて港区で”もてなされる側”になった。
体に電気が走ったような感覚。3年かけて偽りの自分を卒業したことへの充足感に包まれた。
そうだった。この街はずっと誰かをもてなす場所だった。顔色を窺って、自分のキャリアを穏便に次のステージにのし上げていく戦場だった。慣れきった顔で店を予約したりしていたけれど、心から食材の鮮度や酒の旨みを味わったことなんてなかった。
この日を境に、私は"身の丈"を意識した生活を送るようになった。
芸人としては珍しく事務所に所属していない我々は、2021年に自ら個人事務所を立ち上げた。いろいろな契約とかネタ合わせの場所とか、事務所を作った方が事が進む。
そこで会社の所在として選んだのが、渋谷だ。宮益坂上にある古い建造物の1室を借りた。
向かいの部屋はドローンを扱う企業、1階には手巻きタバコを売っているハイカラな雑貨屋さんがあるし、地下1階には暴露系YouTuberが絶賛する焼肉店が入っている。最高の建物だ。このビルひとつで渋谷を体現している気がする。つまり渋谷は、"一緒くた"なのだ。
カリスマが働く美容院もあれば、床がベトベトな中華屋もある。スピード命の蕎麦屋もあれば、サスティナブルなセレクトショップもある。雑な福袋みたいに当たり外れこそあれど、ワクワクするのだ。
ここを曲がったら何があるんだ!?という新鮮な気持ちで街を歩く。テーマパークにそれぞれの世界観を表したエリアがあるように、場所によって表情がまるで違う。