Twitterで大反響!麻布競馬場が書き下ろし『背伸びして住んだ麻布十番の思い出』

「麻布十番」在住、哀れでみじめだった自分

ディナーはもちろん、ワインバーとしても楽しめる『タストゥー』のカウンター席


「次は広尾一丁目……」

その日も都バスに乗って飲み会に向かっていた。せっかく麻布十番に住んだのに恵比寿や渋谷の安いお店でデートしていた。

家賃12万の家は安月給の新卒の身には重たすぎたし、その割に部屋は狭すぎた。ウサギ小屋みたいな1Kの西向きの窓からは隣のビルの黒ずんだ灰色の壁ばかりが見えた。

家賃を払い、水道光熱費なんかを払い、たまには新しい服を買ったりした後に残ったお金では、麻布十番の「東カレっぽいお店」でお金のかかるデートを毎週やる余裕はなかった。

夜遅くに「網代公園」のあたりのコンビニに行く途中、全身ゴルフブランドで固めたお金を持ってそうなおじさんと、例の肩から先がレースになっている黒いワンピースを着た若い女の子が老舗のイタリアンから出てきた。おじさんは女の子の腰に手を当てていた。ふたりはすぐにタクシーに乗って去っていった。

その光景があまりに「東カレ的」で、そのとき僕は小さく笑ってしまった。

それは彼らや東カレに向けられた嘲笑ではなく、「30歳で1本に届くかな」くらいのレベルの低い自慢をしてゼミの飲み会で偉そうにしちゃったりして、それでノコノコと麻布十番に出てきた哀れでみじめな自分自身に向けられた嘲笑だった。


転職をしたり、副業をしたり、自分で小さな事業を立ち上げたりするうちに懐事情は多少マシになった。麻布十番の「東カレっぽいお店」にもデートで行けるようになった。

そうしたら今度はそれまで見えなかった「さらに上」が見えるようになった。

気合の入ったデートの夜。ギリギリ予算内のフレンチで僕が会計を気にしながらチマチマと魚料理をつつく隣のテーブルでは、ダメージが入りすぎてほぼ半ズボンみたいなジーンズを穿いた男たちが、その日の僕の支払い額より高いであろうブルゴーニュワインのボトルをポンポン開けながら予約困難店の品評会をやっていた。

「六本木ヒルズ」の長い長いエスカレーターを想像した。高速で動く下りのエスカレーターに乗せられて、必死で上へ上へと上っても、多少進んだだけで同じような位置で足踏みしているような、そんな感覚がずっとあった。

自分より下にいる人たちを見れば安心できるかと思ったけど、それは過去の自分を見下すだけだと気づいたからやめた。

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