Twitterで大反響!麻布競馬場が書き下ろし『背伸びして住んだ麻布十番の思い出』

コロナで変わった生活、変わらなかった価値観

そのうちコロナがやってきた。毎日のように入っていた飲み会がなくなって、代わりに家でひとりで過ごす時間が増えた。

よく行っていたお店の様子はどうだろうかと、仕事が早く終わった日になんとなくひとりで行ってみた。南麻布の『タストゥー』。お店の奥にカウンターがあってそこに通してもらった。

前菜は軽くスモークしたサーモンにフォアグラのミキュイ。メインはホタテのソテーに豚のロースト。目の前にはソムリエさん。こっちが王道のペアリングだけどチャレンジ枠でこっちも……と、グラスワインをいくつも出してくれた。いっぱい飲んだ。楽しかった。

元ラガーマンのシェフは、大きな体を揺すってキッチンから出てきて見送ってくれた。

2020年の暮れの帰り道。風は冷たかったが心地良かった。なぜだかその夜、やっとこの街と向き合って、そして仲良くなれた気がした。麻布十番に住んで早6年が経っていた。

リモートワークもすっかり普及して、湘南あたりに引っ越してしまった友人もいた。一度遊びに行った。素晴らしい戸建てだった。

ずいぶん日焼けしていると思ったら、出勤前にサーフィンをやるのだと言っていた。広いキッチンには大きなエスプレッソマシン。大きな犬も飼い始めていた。

庭でBBQをやった。夏の夕暮れ。風の中に海の匂いがして、黒いラブラドールレトリバーの頭をツルツルと撫でながら飲むビールはひどく旨かった。

少し心が揺らいで、帰りの横須賀線で”スーモ”を開いてしまった。


それでもやっぱり、僕は東京が好きだ。麻布十番が好きだ。

スーパーが3つも4つもある。百均もある。品ぞろえのいい酒屋もある。仲間内でワイワイやる気軽な店もあれば、たまに気合を入れてジャケットでも着て行きたいお店もある。川辺には公園がある。

少し歩けば六本木や広尾に出られる。だいたいの街にタクシーですぐ行けるし、遅くまで飲んでもすぐに帰ってこられる。友達がたくさん住んでいる。なじみのバーに行けばたいてい誰かがいる。

そして何より、ダサかった頃の自分が、そこから脱するためにひたすらに格好悪く足掻いた頃の自分が、この街のいたるところに潜んでいるような気がする。

どんな過去も過ぎ去れば愛おしく感じるものらしい。僕が何年も不格好にしがみつき続けたこの街が、僕は好きだ。

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