2022.10.17
貴方の香りに恋して Vol.1◆
あれから、5年後──。
私はいまも同じ会社に勤めている。
しかし、予想外なことに風磨が会社を辞めた。彼にひそかに思いを寄せていたから、転職すると聞いた時は、かなり寂しかった。
しかも、頼りにしていた課長も異動になり、周りの環境がガラッと変わってしまったのだ。
ただ、私のプライベートは不思議なほどに順調で、友達の紹介で知り合った商社マンの友也と付き合って1年になる。
「結菜の使ってる香水、すごくいい匂いだよね。」
「えへへ。これお気に入りなんだ」
あの時、課長から教えてもらった香水は、ジョー マローン ロンドンの「ウッド セージ & シー ソルト」。
彼氏の友也も事あるごとに褒めてくれるので、こればかりを愛用している。それに、これをまとっていると仕事もうまくいく気がするし、緊張感を和らげてくれる。
課長の香りは、いつの間にか私の香りになっていた。
そんなある日。会社の同期会が開催され、久しぶりに同期全員が集まった。
「おぉ!風磨。久しぶり!!」
転職した風磨を誰が呼んだのだろう。遅れて店に入ってきた彼を、私はなんとなく直視できなかった。
でも、風磨は私を見つけると、私の目の前に座り、誰よりも先に話しかけた。
「よっ!結菜、元気か?」
「う、うん」
― あれ?この匂い…。
私は、風磨がまとう香りが自分のものと同じであることに、すぐに気がついた。他の同期もそれに気づいたようで、私たちを問い詰める。
「ねぇねぇ、結菜と風磨くん同じ香水使ってる?」
「もしかしてふたり付き合ってるとか?」
風磨は、すかさず否定した。
「まさか。今日、結菜と会ったの5年ぶりだよ。それに、俺、既婚者なんですけど」
「え!!!」
その報告に、誰よりも驚いたのは私だった。
風磨の左手薬指には、太めのプラチナリングが光っている。
― 結婚…したのね。
たしかに私たちは、結婚適齢期。いつ結婚してもおかしくない年齢だし、風磨には長い付き合いの彼女がいた。
それに、もう同じ会社にいるわけじゃないし、報告義務もない。
だけど、心の中にはドロッとした感情が渦巻いていた。私は、その感情をどうにかコントロールしようとする。
それなのに、風磨はさらなる衝撃の事実を告げた。
「マヤが結菜によろしくって。もうすぐ産休に入るんだけど、もう部署違うもんな」
― マヤ…?
「もしかして…マヤって、栗田マヤ課長?」
風磨と同じ部署にいた頃、彼も課長のことをよく話していたし、憧れているとは言っていた。でも、それがまさか恋に発展するなんて…想像もしなかった。
風磨は、長く付き合っていた彼女とは別れ、課長と交際をスタート。ほどなくして結婚、子どももその翌年にできたそうだ。
課長はもともと、プライベートについては話したがらない人だった。それにしても、全く耳に入ってこなかったのはなぜなのだろうか…。
「やっぱり驚くよな。俺たちの上司だった人と結婚するなんて」
「うん…信じられない」
風磨と課長が結婚したことに動揺した私は、そのあと誰とどんな会話をしたのか、ほとんど覚えていない。食べ物もろくに喉を通らなかった。
― この気持ち、なんなんだろう。
ふたりのことは好きだし、私にも彼氏がいる。それなのに、心から祝ってあげられないことが申し訳なかった。
「おい!大丈夫か?」
みんなと解散したあと、駅にも向かわず、タクシーにも乗らずフラフラと歩き出した私は、ウッド セージ & シー ソルトの強い香りを後方から感じ、振り返った。
「それ、やめてよね」
風磨はキョトンとしている。
「その香水だよ。それは、私が先に課長から教えてもらった香りなの」
涙ぐみながら訴える私に、風磨は笑いながら私の肩にポンと手を置いた。
「俺と香水がカブるのがそんなに嫌だったか。悪い、悪い」
風磨が笑いながら言うので、私は思いっきり彼の背中を叩く。そんな何気ないやりとりが、入社したての頃を思い出させた。
私は一度大きく深呼吸してから、風磨の横顔を見つめて言う。
「おめでとう」
「おう、ありがとな」
風磨に抱くこの思いは、消すことなく、胸にしまうことにした。
いつか必ず、いい思い出に変わるだろうから。
▶他にも:30歳の誕生日に彼とディナーを楽しんでいたら…。女が唖然としてしまった、まさかのハプニングとは
▶Next:10月22日 土曜更新予定
“あの結婚式”を思い出す、甘くて濃厚で妖艶な香り
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