伝統的な日本料理を大胆にアレンジ!ユーモア溢れる『傳』の演出は唯一無二
「大切な人との大切な時間だからこそ、リラックスした空気の中、おいしく、楽しく、料理を楽しんでもらいたい」と、長谷川さんは語る。
この想いを象徴するのが一品目で登場する、手のひら大の白い袋。
実は、この中には『傳』のスペシャリテのひとつ、「フォアグラ最中」が入っている。
和食店で最中?と驚いていると、「一品目からデザートですみません」という茶目っ気のある長谷川さんの声が聞こえてきた。
袋を開くと、ふんわりと優しい山ぶどうと、甘い味噌の香味が広がる。
この「フォアグラ最中」には、日本の伝統的な文化を知ってほしいという願いのほか、「外国から来られる方は、お箸を使うのが苦手な方もいる。一品目に手づかみで食べられる最中を出すことで、気負わずに食事を進めてもらいたい」という、店主の心遣いが込められている。
日本料理というと、静謐な空間で畏まっていただくような、敷居の高さを感じさせるイメージがあるが、『傳』ではそうした敷居を“料理”を用いて取り払っている。
「身構えながら食べてもらうのではなく、心の底からくつろいで、おいしいものをおいしく食べてほしい。
僕はそう思っています。なにげない中にこそ、大切なものが埋もれている。その大切なものを体験していただくことが、僕流のおもてなしです」(長谷川さん)
テーブルの上に運ばれてきたのは、シェフ姿でコミカルなポーズを決めた店主が印刷された紙の箱。
その見た目は、大手フライドチキンメーカーの箱を彷彿とさせ、思わず笑みがこぼれる。
驚きに満ちたプレゼンテーションが体験できるのも、レストランならでは。
箱を開くと、そこには色付いた葉やワラが敷き詰められ、香ばしく揚げられた手羽先が鎮座している。
手づかみで取り出し、かぶりつく。心の奥底に眠る“子ども心”を掻き立てられる瞬間だ。
また、配膳の際、長谷川さんやスタッフが丁寧に料理の説明を行うのも『傳』の魅力のひとつ。
客の反応を丁寧に見て取り、もてなしのための“正解”を見極めていく。好みの味加減は?求めるボリュームは?飲みたい酒は?
「僕は、客と勝負はしない」と、長谷川さんは語る。
何よりも大切なこと、それは、料理人としての満足感ではなく、客の「笑顔」なのだ。
更なる笑顔を引き出すスペシャリテが、「畑の様子」と銘打たれたサラダ。
その日の朝に収穫された20種類以上の野菜が使われ、それぞれに最も合った調理法で料理される。シンプルながらも、奥深い味わいが楽しめる逸品だ。
ここでも「心が綺麗な人だけ、にんじんの目がハートマークに見えるんですよ」という、長谷川さんのユーモアある発言に釣られて、会話も弾む。
これこそが、誰もが欲するぬくもりの時間なのだ。
「一期一会ではなく、長く付き合ってもらえるレストランでありたい、お客様に寄り添うレストランでありたい、僕はそう思っています。
SNSの普及がもたらした影響かもしれませんが、近年料理人とお客様との関係は大きく変わり、互いにキャッチボールができなくなってしまっています。
料理人は客の反応に怯え、客は料理人の圧に怯え、互いに委縮しあっている。これではダメ。互いに認め合い、和みあい、リラックスした関係の中にこそ、良い関係が生まれるのですから」
『傳』が多くの客に愛される理由は――わざわざ言葉で説明する必要もないだろう。