女医の世界には「3分の1の法則」というものが存在する。
「生涯未婚」「結婚した後、離婚」「結婚生活を全うする」それぞれの割合が、ほぼ3分の1ずつとなるというものだ。
男性は「仕事で成功すれば、恋愛・結婚がついてくる」傾向にある。
しかし、女性の場合、仕事での成功は、しばしば幸せな恋愛・結婚を遠ざけることもある。
彼女たちを取り巻く一種異様な環境は、独特の生活スタイルを生み出し、オリジナリティーに富んだ生き方を肯定する。
それぞれの女医は、どんな1/3の結末をむかえるのか…。
Vol.1 耳鼻咽喉科・優香(32歳)の場合 【前編】
「コスモスか。可愛いなあ」
春馬が、ダイニングテーブルに置かれた一輪挿しを眺めながらつぶやいた。
「そう。お母さんが好きだったから」
優香は手を伸ばし、ピンク色の花びらをそっとなでる。
白金のタワーマンションの一室。出勤前の慌ただしいはずの朝食の時間に、穏やかな空気が広がる。
「そういえば、優香の家にはよく花が飾ってあったね。うちにもよく、お裾分けしてもらっていたよ」
優香と春馬は、結婚7年目。
夫婦であり同じ医師であり、幼馴染みでもある。
もともと父親同士が東京医大卒の開業医で、親しい関係にあったため、幼い頃から家族ぐるみで付き合っていた。
そのころから親同士のあいだで、「大きくなったら結婚させてもいいね」という会話が交わされていた。口約束ではあるものの、2人は許婚に近い関係だったのだ。
「日曜日のことは任せておいてよ。南青山のお店を予約しておいたから」
春馬が得意げに言う。
その日は優香の母親である雅子の命日で、父親の昭次と食事をすることになっていた。
「高輪でお義父さんを拾ってから、お店に向かうようにするよ。12時からの予約だから、11時30分くらいにここを出よう」
春馬はいつも手際よくスケジュールを組んでくれる。誠実で優しく、夫として申し分ない。
しかし、その分融通が利かず、面白みがないと感じることもある。
「いや、待てよ。この前、麻布十番あたりで工事してたんだよ。日曜日はどうなんだろう…。一応、余裕を持って11時20分…いや15分くらいに出ようか」
「う、うん。そうだね…」
春馬との結婚生活は、幸せでないことはない。
親の認めた結婚相手であり、間違いはないと信じている。だが、優香は、ずっと満たされない思いを抱えている。
あの男と再会してから、ずっと…。
この記事へのコメント
融通がきかないとか面白みがないとか、全然許せる範囲!浮気しないでと言いたいけれど。