唐突な質問に、慎一は面食らった。
― はぁ……。やはり、僕らは理解されないのか。
ふたりは籍を入れていない。事実婚を選んだ理由は、一度結婚に失敗している、美加の希望からだった。
「すでに経験して感じた結婚のデメリットを味わいたくなかったんです。家同士の付き合いや名字変更など行政手続き…などですね。
家計も個々に独立していますし、事実婚のデメリットと言えば、世間体くらいかしら」
美加は淡々と説明をし、ライターも大きくうなずいた。
当初、慎一は籍を入れることを希望していた。それが、一緒に生活を共にする条件だったからだ。
しかし、紙切れ1枚の手続きが必要ないと感じるのは時間の問題だった。
事実、これだけ愛と充実感にあふれた日々を過ごしているのだから、と。
結局、その後もインタビューは事実婚についての質問が中心だった。
憧れのインフルエンサー夫婦の日常についての取材、という名目で申し込まれたものにもかかわらず…。
「やっぱり、事実婚って腫れ物扱いなんだな」
ライターらが去った後、慎一は美加と初台のカフェ『HOFF』を訪れ、お茶がてら反省会をした。
「うん。理由を説明するのも疲れた。私たちは、十分幸せなのにね」
「別姓もそうだけど、それぞれの事情があってそうしているだけなのに…。なぜ、型にはめようとするんだろう…」
美加は、有名な経営者兼読者モデル。さらに、この目立つ肩書に加えて、慎一と子連れ再婚をした。
興味を持たれるのは喜ばしいが、取材はもちろん、知人と接していても、毎回そのことを探られるのはたまったものではない、と慎一は思う。
「だからこその、ネオ・シナジー婚。いいだろ?型にはまらない夫婦だってイメージを付ければ、とやかく言われないだろうし」
「興味を引きやすいインパクトはあるけど、ブランド化しなくても…」
苦笑いをしているが、彼女はまんざらでもなさそうだ。
すでに彼女自身、読者モデル “ユキミカ”として30代のワーキングマザーのアイコン的な立ち位置なのだ。キャッチコピーを付けられるのは、多少慣れているのだろう。
「新しい常識を一般化するには、ロールモデルと、刺さるキャッチコピーが必要なんだ。それをプロダクトするのが僕らに求められる役割じゃないかな」
慎一の自信満々にキラキラ輝く瞳を、美加はうっとりと見つめている。
そんなとき、美加のスマホにハウスキーパーの江間里実から連絡が入った。7歳になる娘・華が英会話スクールから帰宅したという連絡のようだ。
「あら、里実ちゃんから連絡。華が帰ってきたって」
「じゃあ、早く帰らなきゃね。彼女も予定があるだろうし…」
「そうね。今日のゴハン、なんだろうー」
美加は、少女のような無邪気さで、慎一の右腕に自分の腕を絡ませ、店を出る。
街ゆく人々は、雑誌から出てきたようなふたりを見て、誰もが一度は目を止める。彼らの存在を認識して指さす者も多い。
― 僕らの関係をとやかく言うなら、この幸せを見てから言ってほしいもんだ…。
我慢しない、強要しない、個人を認めること。
この3つは、慎一と美加夫婦の決まり事だ。
だからこそいい関係が成り立ち、絵に描いたような夫婦像を表現することができているのだ、と慎一は思った。
「―あれ?」
慎一のスマホが振動した。
美加のスマホに業務上の連絡が入ったと同時に、慎一のスマホにもハウスキーパーの里実からメッセージがあったのだ。
「…」
慎一は、その文面を目にし、美加には画面が見えないよう、慌ててスマホをポケットにしまった。
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この記事へのコメント
品のない表現....
似たような、意味不明でぶっ飛んだ内容にはなりませんように〜。
今後の展開に期待したいけれど…
ちょっと回りくどい表現が多かったり、一分が長過ぎる、修飾語が多いetc…, その辺り改善されれば良いと思いました。