2022.05.28
東京レストラン・ストーリー Vol.13「おまたせ!」
「僕もさっき着いたところだよ。予約ありがとう」
薄いグレーのロングドレス。透け感のある素材が夏らしい。
「そのワンピース似合ってるね」
ありがとう、と言って小さくうつむくその仕草が、僕は好きだ。
僕たちは、上智大学のバンドサークルで知り合った。
― なんて透明感のある綺麗な人なんだろう。
小柄で華奢で茶色を帯びた大きな目に、すっと伸びた綺麗な鼻筋。
大人しそうな見た目とは裏腹に、思ったことをはっきり言う明るい人だと思った。
といっても、お互いギターを弾いていたので一緒にバンドを組むこともなく、学部も違うので、あまり関わる機会はなかった。
きっかけは、2年生の冬。
部室で後輩に貸すために『原子心母』のCDを鞄から出した時のことだ。
たまたま近くにいた知紗子が、驚いた顔をした。
「ねえ、Pink Floyd好きなの!?私も大好き!」
「マジで?」
「お父さんが好きだから、よく家で流れているの」
僕も、小さい頃から親の影響で古い洋楽を聞きあさっていた。
そのころ彼女は、「JUDY AND MARY」のカバーバンドを組んでいたので、意外な反応だった。
それ以来、僕たちの距離は自然に縮まった。
2人で朝まで声が枯れるまでカラオケに行ったり、「The Rolling Stones」の来日公演に行ったり、思い出は全部キラキラしている。
付き合ってすぐに、知紗子の実家が曽祖母の代から続く呉服屋で都内に不動産を何軒も持っていることを知った。確かに、幼稚園から有名な女子校に通っていたと聞いている。
― だから、姿勢がすっと伸びているし、みんなで居酒屋にいる時でさえご飯を食べる姿が綺麗なんだな。
そんなふうに、妙に納得した覚えがある。
九州の港町に生まれ育ち、大学で東京に進学した僕が、代々人形町の立派な家に住んでいる知紗子に気後れしなかった、と言えば嘘だ。
知紗子は、気取ったタイプではないし、普段はカジュアルな服装が多かった。
だけど、身につけている持ち物は、わかりやすいブランド品ではないけれども上質な物だったし、家族で訪れているお店は、名店ばかりのようだ。
そんな彼女に釣り合うように、当時の僕なりに色々な努力をした。
グルメ雑誌を読み漁ってレストランを調べたり、大学のジムに通って筋トレをしたり、投資を勉強して貯金を増やしたり…。
ただ、就活だけは、気を抜いてしまった。
本心では、音楽関連の出版社に行きたいと思っていたが、決断ができなかったのだ。
『好きなことを仕事にしてしまったら、好きなものも嫌いになってしまうかもしれない』そんな甘いことを考えていた。
だが、知紗子は、第一志望だった大手レコード会社に難なく就職が決まった。今でも、好きなことを仕事にして生き生きとしている。
大学の卒業前に『オリエンタル ラウンジ』で、知紗子の母親に会ったことがある。
初めて訪れるラグジュアリーホテル。
何を着ていけばよいのかわからなくて、就活用の黒スーツを着た僕は、きっと場に馴染めていなかっただろう。
「今日はわざわざ来てくれてありがとうね。知紗子からよくお話は聞いています」
「小峰慶太と申します。よろしくお願いします!」
思わず早口になってしまった。そんな僕を、知紗子と彼女の母親はニコニコ眺めている。
普段から着物を着ているという知紗子の母親は、夏らしく浴衣を着ていた。余り詳しくない僕でもわかるほどに帯や帯留めのセンスが良かった。
― ああ、ぴんと伸びた姿勢が知紗子と一緒だ。
濃紺の浴衣が似合う人だった。涼しげな薄手の生地に赤や青の色鮮やかな花模様。
「慶太さん、卒業後は、どんなお仕事をなさるの?」
「はい。保険会社に内定を頂いています」
社名を言ったが、あまりピンときていないようだった。このときほど、もっと就活を頑張ればよかった、と思ったことはない。
― 僕は、知紗子に釣り合わない……。
緊張して、紅茶を何杯も飲んでしまったせいで何度もお手洗いに駆け込んだ。
『マンダリン オリエンタル 東京』は、そんな苦い思い出があるホテルでもある。
この記事で紹介したお店
オリエンタルラウンジ/マンダリン オリエンタル 東京
この2人なら絶対上手くいくね!
や、本当にレストランストーリーは内容が素晴らしい♡
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