東京レストラン・ストーリー Vol.11

“女子アナ風”を脱ぎ捨てたい。田園調布出身の三代目社長に好かれたくて、イイ女ぶってたけど…

仮面を脱ぎ捨てて。


金曜日。私は友人が予約してくれていた、『和敬』にいた。

西麻布の交差点から近い、住宅街にひっそりと佇むお店。カウンター6席と個室が1室という小ぢんまりとした、でもゆったりできる空間が広がっている。


「え!?ゆ、裕子どうしたの?」

すでに席に座っていた友人を見て、驚いた。

彼女は腰の上くらいまでまっすぐ伸びた、美しい髪がトレードマークだったのだ。裕子といえば美しいロングヘア…と言っても過言ではないくらい、彼女にとってもアイデンティティーだったはず。

でも本人は、あっけらかんとしている。

「はは。ロングにも飽きてきちゃって。あと、私今年の秋からロンドンへ行くんだよね。アートの勉強をしたくて」
「い、今から…?生活は?結婚はどうするの?」

情報量が多くて追いつかない。混乱する頭を抱えていると、「八寸」が出てきた。


「わ…綺麗」

旬の食材が美しく並べられていて、日本の美しい四季を感じる。決して華美ではない、奥ゆかしさと真の強さが現れているようなひと皿だ。

星付きの和食店と聞いていたので、もっと派手な感じかと思っていた。けれどもここのお料理からは、心にそっと寄り添ってくれるような穏やかな優しさが滲み出ている。

― あれ?こんなに穏やかな気持ちになったのって、いつぶりだろう…。

そんなことを思いながら美しくて美味しい料理を愉しんでいると、裕子がじっと私の顔を覗き込んでいる。

「茜。なんか雰囲気変わった?」

裕子の言葉に、思わず箸が止まる。

実は慎太郎が“女子アナ風清楚系”が好きなので、メイクも洋服も、彼の好みに合わせて少しずつ変えていたのだ。

「実は…彼氏がこういうの好きで。ただ彼って某企業の三代目なんだけど、お金もあるし性格もいいし。結婚したら、幸せになれることは保証されているようなものなの」

「ふーん……」

「私の彼氏、すごいんだよ。生まれも育ちも東京の“お坊ちゃま”で、ご実家は田園調布なの。車もいいのに乗っているし。今は会社員なんだけど、来年くらいには辞めて跡を継ぐらしくて。予約の取れない名店はどこへでも行けるし、彼と結婚できたら、人生の“VIP Pass”を手に入れられるようなものじゃない?」

冷静に、無言で私を見つめる裕子。その視線を感じながら気がついた。

自分がとても空っぽで、虚しいことに。

この記事へのコメント

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約束の時間に平気で遅刻、”やべ” のみで謝らないない。彼女との約束を簡単に後回しにして、リスケ理由がゴルフ部の友達が行ってみたいから?ここでも謝ってないし、こいつ浮気してるよね。
2022/04/30 05:4597返信2件
No Name
すごいいいお話! 感動しました。
どんなにイケメンで実家が裕福でも、マザコン&モラハラは無理ですよね。
2022/04/30 05:4085返信3件
No Name
世間の目や、親や友人からの言葉で余計焦ってしまう時ありますよね。まだ結婚してないの?とか失礼過ぎ。 穏やかで優しいお料理を食べながら自分らしさを取り戻せて、本当に良かったと思います。
2022/04/30 05:5063
No Name
この連載、本当に好き! グルメ媒体らしさが出ていて今日もステキなストーリーでした。鮭といくらの親子ごはん最高ですよね。
2022/04/30 06:1450返信2件
No Name
鮭といくらの親子ごはん、食べたい!
2022/04/30 05:1934
もっと見る ( 27 件 )

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