東京レストラン・ストーリー Vol.11

“女子アナ風”を脱ぎ捨てたい。田園調布出身の三代目社長に好かれたくて、イイ女ぶってたけど…

自分のレベルを上げてくれる“最高値”の彼氏


慎太郎とのデート当日。彼が予約してくれていたのは、1年先まで埋まっている、いわゆる“超予約困難店”のお鮨屋さんだった。

このお店は二部制で、私たちは初回の17時スタートだったので、早々に仕事を切り上げ、遅刻しないようオンタイムでお店に向かった。

しかし慎太郎は、時間になっても来ない。

「茜、お待たせ!」

貴重な予約の席なのに、慎太郎はヘラヘラしながら10分ほど遅れてきた。

そんな彼に苛立ちながらも、笑顔を崩さないよう努める。

「ヤベ。遅刻しちゃったよ…。あれ?茜もう何か飲んでるの?」
「うん。先にビール一杯飲んでるよ」
「10分くらい、待てないの?僕だって仕事で疲れてるし、一緒に乾杯したかったのに。茜らしくないなぁ」

慎太郎は日系企業に勤めるサラリーマンだが、実は某大手企業の創業者の息子。慎太郎で三代目になるらしく、あと数年で会社を辞め、家業を継ぐことが決まっているようだ。

2回目のデートでそれを打ち明けられた時、私は驚くと同時に嬉しくて飛び跳ねそうになった。

誰もが知るような大企業の息子との結婚。

30歳を過ぎても結婚していない私に世間から向けられてきた、憐れむような視線。「まだ結婚してないの?」と馬鹿にしてきた友人たち。慎太郎と結婚さえできれば、それらをすべてはね除けられるような、最強のカードを手に入れられる…。

私は、慎太郎に賭けていた。彼は最後の切り札なのだ。


だから彼の前では怒らないし、いつもニコニコしていた。“いい女”として、彼の機嫌を損なわないよう気をつけていたのだ。

「ごめん、喉が渇いていたから。でも待つべきだったよね。ごめんね。慎太郎は何を飲む?」
「僕も同じのをもらおうかな」
「お仕事、お疲れさま!」

慎太郎は、何をしても許されると思っているフシがある。今日だって遅刻をしてきたのに、お詫びの言葉は一切ない。

「そうだ。今度の土曜の予定、リスケにしてもらってもいい?」
「え?どうして?慎太郎が予約してくれていた、あのお店へ行くんじゃなかったの…?」
「大学のゴルフ部の友達が行ってみたいらしくて。せっかくだから、連れて行ってあげようかなと思うんだ」

― 私のほうが先に約束をしていたのに…。

そう思うけれど、何も言葉にできない自分がいる。

「わかった。私はいつでも行けるし、楽しんできてね」
「ありがとう!茜って、本当に理解力があるイイ女だね」

慎太郎の言葉を聞き、胸がザワっとする。

心の片隅に小さな痛みを抱えながら食事を終えて外へ出ると、すでに慎太郎はタクシーを手配してくれていた。

普通の人では予約の取れない名店に連れて行ってくれるし、食事は必ずご馳走してくれる。エスコートも完璧だ。

それに彼は優しいし、外見も悪くない。子どもができたら、彼が通っていた小学校から大学までの一貫校に入れることはほぼ確実だと思う。強力なコネクションがあるのだ。

「あ〜美味しかった!ごちそうさまでした」
「茜。今日もこのままウチ来る?」
「うん、お邪魔しようかな」

タクシーに乗り込み、外苑前にある彼の家へと向かう。今は彼専用のマンションでひとり暮らしだけれど、いずれは彼のご両親が住む田園調布の一軒家を継ぐのだろう。

― 今が、勝負のとき。頑張らないと。

粗相がないように、私は常に気を張っていた。

この記事へのコメント

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No Name
約束の時間に平気で遅刻、”やべ” のみで謝らないない。彼女との約束を簡単に後回しにして、リスケ理由がゴルフ部の友達が行ってみたいから?ここでも謝ってないし、こいつ浮気してるよね。
2022/04/30 05:4597返信2件
No Name
すごいいいお話! 感動しました。
どんなにイケメンで実家が裕福でも、マザコン&モラハラは無理ですよね。
2022/04/30 05:4085返信3件
No Name
世間の目や、親や友人からの言葉で余計焦ってしまう時ありますよね。まだ結婚してないの?とか失礼過ぎ。 穏やかで優しいお料理を食べながら自分らしさを取り戻せて、本当に良かったと思います。
2022/04/30 05:5063
No Name
この連載、本当に好き! グルメ媒体らしさが出ていて今日もステキなストーリーでした。鮭といくらの親子ごはん最高ですよね。
2022/04/30 06:1450返信2件
No Name
鮭といくらの親子ごはん、食べたい!
2022/04/30 05:1934
もっと見る ( 27 件 )

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