満足する写真が撮れたのか、アヤカはワインを一気に飲み干した。
― ブドウジュースのようにワインを飲まないでほしいな。
フード・インスタグラマーを名乗るアヤカだが、実は数千円のワインと数十万円するワインの違いはわからないのかもしれない、と圭は思う。
そんなことを考えていると、アヤカが不思議そうに圭の顔をのぞき込む。
その瞬間、彼女の強すぎる香水が圭の鼻の奥を刺激する。
― 香水がワインの香りを邪魔しているな…。
ボトルが空になった頃、時計の針は12時ちょうどを指していたので、圭はお会計を頼んで店を出た。
帰り際、圭はタクシーを止め、アヤカを先に帰らせようとした。すると、彼女は圭の袖をつかみながら、潤んだ瞳で言った。
「もう少し一緒にいたいです」
しかし圭は、タクシー代を渡し彼女を帰らせた。
前回ほんの数時間だけ会った時、アヤカが言った。
「ワインって、他のお酒よりも、飲むとお互いの本心を分かり合える気がするんです。だから、次はワインを飲みたいな」
その言葉に、圭は何かを期待してしまったのだろう。
いつも通り、割り切った関係で夜を共にすることもできたが、今日はそうしなかった。
金曜の夜、美女と食事をしたというのに、なぜか仕事で重大な決断を迫られる時以上の疲れがたまっていた。
― 恋愛なんて、わずらわしいだけだ。
尊敬している経営者の先輩に言われた「経営者は孤独である」という言葉が、圭の頭をよぎった。
◆
翌日の土曜日。圭は売買する不動産を視察するため、中央区の再開発エリアを訪れる。
勝どき駅近くに、タクシーで降り立った瞬間、後ろから声をかけられた。
「おい!山下だよな?久しぶり!!」
振り返ると、早稲田大学時代の遊び仲間が立っていた。
「おお、森川!」
後ろに、小柄で清楚な雰囲気の女性が立っていたので会釈をする。
聞けば、去年彼は結婚しこのあたりに住んでいて、もうすぐ子どもが生まれるとのこと。
森川が圭に近づいてきて、小声で質問をした。
「で、山下は実際どうなの?実は昔、銀座でお前と黒髪長身の美人が歩いてる姿、見たことあるんだぜ。お前のことだから、相変わらずモテるんだろ?」
圭はその黒髪長身美人が全く思い出せなかったので、適当に愛想笑いをした。
大学時代はもちろん大手保険会社に勤めるようになってからも、女遊びが激しかった彼が結婚とは、と圭は驚く。
― 俺もいつか結婚して、子どもを作ったりするのかな…。
なぜか、森川とその妻の自然な笑顔が、圭の胸を苦しくさせた。
この記事へのコメント
来週も楽しみかも✨
アヤカ、ワインを注がれてすぐ一気に飲み干すとか、それやっちゃおしまいよ。
すごく素敵なお話♡