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時はさかのぼること、3ヶ月前。
「うーん、終わったあ!肩バッキバキ…だけどこのイラスト、すごくいい仕上がりだよね」
豆から挽いた『ロクメイコーヒー』の香りに浸りながら、自分が描いた若い女性のイラストをしみじみと眺める。週刊誌に掲載される、フェムテックの特集記事で使ってもらう挿し絵だ。
私はデザイン会社に10年勤めたあと、独立した。それから、フリーのイラストレーターとしてバリバリ働いて2年、年収は700万円ほどになった。
今回のような女性向けの雑誌やWEBのコラム、通販コスメの会報誌など、仕事はいつもひっきりなしだ。たまに、人気イラストレーターとして取材依頼がくるので、私の名前は界隈では有名だと思う。
すると、不思議なもので、今度はプライベートでの新たな悩みが生まれた。
― 仕事は順調なんだけど、さすがに出会いがなさすぎるよね。
打ち合わせでクライアントと顔を合わせることはあるけれど、基本的には自宅にこもって仕事をするので、出会いはない。
最後に彼氏がいたのは、もう3年も前になる。
まわりの友人たちが、出会いや結婚に向けて積極的に活動していた20代後半から30代前半をひたすら仕事に費やしてきた私は、気がつけば34歳になっていた。
合コンの誘いや、友達の紹介なんていうものは、いつからなくなったのかさえ覚えていない。
そんな私に「婚活は時間との勝負!」と言うのは、学生時代からの友人・優子だ。彼女は婚活情報サイトの会員向けに、アドバイザーの仕事をしている。
「蘭はアプリでマッチングした相手とのメッセージに、時間かけてる場合じゃないから!」
そう言われてグサリときた私は、マッチングアプリでの婚活はやめて、婚活パーティーに行くことにしたのだった。
そこで出会った涼真は、大手金融会社で働いている身長180cmの色白・塩顔で、見た目もどタイプの男性。それに、何といっても、34歳の同い年であるところに安心感と好感を抱いたのだ。
「涼真さん…またお会いできませんか?」
こうして、彼との初デートがすぐに実現することになったのだ。
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「僕、婚活パーティーって初めてで。あの時は、ちょっと緊張してしまって」
「私もです。何だか、改まった感じで…緊張しますよね」
そうは言ったものの同い年という共通点から、私たちはすぐに打ち解けた。
2回目のデートでは、西麻布の寿司店へ。そして、3回目のデートは、カジュアルな恵比寿のビストロでデートした。
学生時代にハマったものの話や、好きだった映画の話では大いに盛り上がったし、もしかしたら彼とはとんとん拍子でうまくいくのではないかと期待していた。こういうのは、勢いも大事だ。
するとその帰り道、涼真から結婚を前提に付き合ってほしいと言われた。
こうして、私たちは正式に交際をスタートさせることになったのだった。
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私たちのデートは、もっぱら土日だ。
フリーランスの私はスケジュールの調整をしやすく、涼真に合わせることが多かったが、決して負担とは思わず交際は順調だった。
「今日のワンピース、すごく素敵だね!よく似合ってる」
それに涼真は、こんなふうにデートのたびに服装を褒めて、私のことを喜ばせてくれる。
だから、すっかり気分を良くした私は気合を入れてシューズやバッグを選んだり、入念にオシャレをしたりして彼と会うようにしていたのだ。
― こういう感覚、すっかり忘れてたけど…やっぱり楽しい!
ところが、浮かれた気分もそう長くは続かなかった。
交際開始から、2ヶ月ほどたったころ。
― すごく見られて…ない?このワンピース、シースルーの部分が多かったかな。
どことなく彼の視線が、これまでとは変わったように感じた。
「涼真くん、どうかした?私、どこか変?」
「あ、いや…蘭ちゃんっていつも違う服やバッグだからさ。女の人って大変そうだなって。買い物に結構お金使ったり…してるの?」
私が答えに窮していると、続けてこうも聞いてきた。
「あのさ、蘭ちゃんは、旅行とか外食とかも頻繁にするタイプ?」
「え?どうしていきなり?…好きなほうだけど」
次の瞬間、ほんのわずかだが涼真の表情が曇ったように見えたのだった。
どうして、彼はこんなことを聞いてくるのだろう?…私の頭の中は「?」だらけだった。
この記事へのコメント
独身時代の貯金は、結婚しても夫婦の共有財産にはならないですよね。
よって、万が一離婚となり財産分与することになっても、独身時代の貯金は含めなくて良いかと思います。