2022.02.03
好きって言わせたい!~正反対のふたり~ Vol.1一ノ瀬英琉は社長の息子で、この会社の跡取りだ。そう、正真正銘の御曹司なのだ。
去年入社し、今は社内のさまざまな部署をまわって勉強をしているらしい。
「まあ、そんなに難しい仕事は教えなくてもいいからさ。面倒見てあげてよ」
部長がここまで話し終えると、近くに座る女性社員たちから一斉に鋭い視線が向けられた。
― ちょっと、何なの?こっちは忙しいなか、仕事を押し付けられて困ってるのに!
だが、社内報で英琉の写真を目にした瞬間。みんなの浮かれようや、嫉妬の混じった視線の理由がわかった。
― ふーん、確かにイケメンかも。それに独身なんだ。私は仕事さえしっかりこなしてくれれば、それでいいかな。
自分の作業に加えて、彼に割り当てる業務のことを考えると、仕事量の多さに再びため息が漏れてしまうのだった。
そして、ますます忙しくなることを覚悟しながら迎えた、2月1日。
「一ノ瀬です。3ヶ月間、よろしくお願いします」
「長谷川です。早速ですが、この資料に目を通してもらってもいいですか?」
「はい、わかりました!」
礼儀正しい受け答えと人懐っこい笑顔は、想像していた“社長の息子”のイメージとは違って拍子抜けした。だが、それと同時に、完璧で欠点が見当たらない男性は苦手だと思ってしまうのだった。
~一ノ瀬英琉(29)の不安~
父の会社に就職したのは、去年のこと。
僕はいずれ跡を継ぐつもりでいたが、それまでに一度、菓子類のバイヤーをしてみたいと思っていたので、ドイツやベルギー、フランスなどを転々としていた。
しかし、海外渡航中に父が体調を崩したと聞き、慌てて帰国。それからは、この大手製菓会社のさまざまな部署をまわって、将来のためにいろいろと勉強している。
いよいよ明日からは、広報部での仕事が始まる。
「一ノ瀬さん、次は広報部に行くんですよね?いいなあ、美人に囲まれて働けるなんて」
商品開発部でお世話になった3つ年上の男性社員が、羨ましそうな目で見てくる。
― そうか、広報部は女性が多いのか。うまくやっていけるといいんだけど…。
実を言うと前の会社では、自分が製菓会社の社長の息子だと知れた途端、女性社員の僕を見る目がガラッと変わったのだった。“肩書”があることで、こうもいきなり態度が変わるのかと、背筋が冷たくなるような思いを経験した。
だが、そんなことも言っていられない。父の会社で働くとなれば、これまで以上に好奇の目で見られることも増えるだろう。
現に、これまでに配属された人事部や営業部、この商品企画部でも変に気を使われたり、取り入ろうとしたりしてくる人はいたわけで、部署が変わるたびに妙な緊張感につきまとわれるのだった。
― とにかく、面倒なことが起きないように、当たり障りのないフラットな態度でいこう。
こう気持ちを新たにして、迎えた2月1日の朝。
広報部のオフィスへと足を踏み入れた僕は、強めのメイクを施した女性社員たちと、さまざまな香水が入り混じった強烈な匂いのする空間に、しょっぱなから面食らった。
一方で、僕の教育担当を任された長谷川七瀬という女性社員は、シンプルな服やメイクが控えめな印象なのだけれど、態度がどうも冷たい。
季節は、もうすぐバレンタイン。
製菓会社にとって特に忙しいこの時期を、僕はこの部署で無事に乗り切ることができるのだろうか。
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紗良と七瀬、そして御曹司の英琉。大手製菓会社の広報部で、恋の嵐が巻き起こる!?
チヤホヤされても本命には選ばれないタイプだな。
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