森脇慶子の「旬カレンダー」 Vol.2

ヌキテパ

Ne Quittez Pas

黒焦げの物体の正体は
春の海の贈り物"蛤"

野菜と魚介が主役の瀟洒なフランス料理店。焼き蛤は、貝の焼きあがり加減を、周囲にまぶした小麦粉の焦げ具合で判断している

水ぬるむこの季節、雛の節句を祝う御膳に欠かせぬ食材といえば蛤。ちょうつがいをはずすと、同じ貝同士でしか貝殻が合わないことから、夫婦円満の象徴と考えられ、良き伴侶との出会いを祈って蛤を用いるようになったのだとか。折しも、産卵期を夏に控えて身が最も太る春は、まさに旬。貝特有の旨み成分であるコハク酸を多く含む蛤の旨さを、古代の人々もよくわかっていたようで、縄文時代の貝塚から発掘される貝殻のおよそ8割が蛤なのだそうだ。

日本人にとって蛤が、いかになじみの深い食べ物だったかがよくわかる。この貝の旨みを余すことなく味わうのなら「焼き蛤が一番!」。そう言いつつ、タドンの如き真っ黒な一品を手にしているのは、『ヌキテパ』の田辺年男シェフ。

貝が開いて中の汁がふきこぼれるのを防ぐため、ちょうつがいをはずして焼くのが田辺流。こうすることで貝の口は閉じたまま、旨みをとじこめ、蒸し焼きできるというわけだ。余熱で程よく火を入れた蛤は、開けた瞬間に広がる香気が見事。身を頰張れば、ジューシーな海のエキスがほとばしる。
これこそ春の海の美味しさだ。

●もりわきけいこ
美味の食べ歩きに日々邁進し、綿密な取材と豊富な経験に基づく記事で定評のあるフードライター。真の旬を伝えるべく、その時期とっておきの美味にありつける名店を紹介

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