「え?今、なんて…?」
園子の口から出たのほ、私が1度も考えたことすらなかった言葉だった。
「突然で、本当にごめん…。でも聖良ならこの先、私がいなくても1人でやっていけるよ」
園子は申し訳なさそうに両手を合わせた。
「辞めてどうするのよ?なんでいきなりそんなこと…」
動揺がおさまらず、言葉が続かない。
「ごめん、聖良。なんの相談もなく、いきなりでびっくりしたよね…」
園子は何度も謝るけど、瞳の奥はキラキラと瞬いていて、私に悪いなんて思っていないことは明らかだった。
― うまくやっていると思ってたのに、一体何が理由で…?
予想外の出来事に混乱している私に向かって、園子は幸せそうに笑いながらこう言った。
「私、結婚することにしたの」
無垢な輝きを放つ彼女の表情を目の当たりにし、私は思わず言葉を失った。
「だからって、いきなり辞めなくたっていいじゃない。今どき、寿退社なんて聞いたことないわ」
私の言葉を聞いたあと、グラスに残っていたビールを飲み干して園子は言った。
「聖良、前から思ってたの。あなたのそういうところ、直したほうがいいわ」
さっきまでの花のような笑みは消え、目の前の園子は真顔だった。
「そういうところって、どういうところよ?」
心当たりのない言われように、私は思わずムッとした。
「聖良は私が誰と結婚するのか、なぜ辞めるのか聞かないのね?聖良は、いつも自分にしか興味がないのよ」
私は言い返す言葉が見つからない。
「ごめん、そうよね。まずおめでとう、って伝えるべきだったわ…」
園子の顔をまともに見ることができず、私はテーブルの上でカピカピに乾いた生春巻きを見続けるしかなかった。
「私、結婚したいの。お付き合いしている彼とは、人生最後の恋愛だと思って、一緒にいる時間を大切にしてきたの」
そういえば今年の4月。一足早く40歳になった園子は、事あるごとに「折り返し地点」「人生で最後」を強調していた気がする。
私は、年齢なんてただの記号だと思っていた。それがひとつ、ふたつと増えていっても、自分の意識がそこに捉われなければ、まったく気にすることはないと。
でも、園子を見ていると、それがカチッっと40に切り替わった時から、これまでとはまったく違う意味を持ち始めたようなのだ。
「ごめん。でも、今すぐ辞めていいよなんて言えないよ…。ずっと2人でやってきたんだもの」
当然、園子に辞める権利があるのはわかっている。
でも、今の私は彼女がいてくれたからこそあるのも事実。いきなり1人になるなんて、とても耐えられなかった。
「…あなたがいなくなったら、会社は続けられない」
園子がいなくなったら私の人生計画は…。いや、まだ説得できる。私は結婚しないでと言ってるわけじゃない。
何を言っても無理だとどこかでわかっていた。
無理だとわかっていながらも、私は思いつく限りの説得を続けるしかなかった。
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この記事へのコメント
って言われてるのに聞かずに、いなくなったら会社続けられないって説得に入っちゃうところがだめだよね。
よっぽど聖良とやっていけない理由が園子にあるとか?