明治女子の意地
真優の計画。それは、大学生活の最後の一大イベントである就職活動で“一発逆転”することだった。
― キラキラした大学生活とは無縁だったけど、今に見てなさいよ。可愛いだけの女子と私は違う!立場は就活で絶対逆転してみせるんだから!
MARCHの中で最もレベルが高いと言われ、「脱MARCH、これからは早慶明」を標榜している明治大学。
「男っぽい」
「バンカラ」
「元気がいい」
「庶民」
こういったイメージから早稲田と同じ系統とされることが多い明治だが、近年は入試の難易度や就活フィルターを見ても、MARCHの中では頭一つ抜けて早稲田に近づきつつある。
そんな明治の勢いは、早稲田に入学できなかった明大生のコンプレックスも吹き飛ばしてしまうほどだ。
― そうよ、私はMARCHの中でもトップの明治にいるんだから!明治のプライドで就職活動を勝ち抜いて、今度こそ華やかな立場になってみせる!
“明治女子”というフィルターのせいもあり、華やな大学生活とは無縁。授業やゼミに励み大学の成績が良かった真優は、遊び呆ける他大の女子たちを横目にがむしゃらに就職活動に励み、第一志望のメガバンクへの入社を果たしたのだった。
そして、2年後。
入社後、法人営業部に配属された真優は、部署内でもエースと呼ばれる存在にまで成長していた。
「近藤さんに任せれば、クローズまで何とかしてくれる」
根っから頑張り屋である真優は、そう評価されればされるほど嬉しくてつい頑張ってしまうのだ。
法人営業部といえば、国立早慶の出身者ばかりが配属されることで有名だ。明治出身の女性がエースとなっていることは異例であり、真優の採用過程での評価が高いことに他ならなかった。
そんなある日。
仕事を終え軽く飲んだ真優は、夜の大手町を上機嫌で歩いていた。
気分がいいのは、先ほどの飲みで“滅多に人を褒めない”とされている先輩から、思わぬ言葉をかけられたからだ。
「近藤さんっていつも準備万端だよね。クライアントデータはもちろん、話の展開を先読みして他の提案も用意するとか。普通はそこまで気が回らないから、安心して任せられるよ」
その言葉を何度も心の中で反すうしながら、真優は誇らしい気持ちを胸に夜道を歩く。
ほろ酔いの頬に、夜風があたって気持ちいい。その心地よさをもっと感じようとして顔を上げると、ふとあるものが目に映ったのだ。
それは、おなじみだった思い出の建物。お茶の水にある、明治大学のリバティタワーだった。
―あぁ、懐かしい…。「明治女子」なんて言葉が、何だか遠い昔のような気がするわ。
「明治女子」というラベリングがされていた新卒の頃は、学生時代にひきつづき「真面目そう」「元気」「無難」など評価をされては傷つくことも多かった。
しかし、仕事に没頭する毎日を送るようになると、真優の頭の中はすぐに他のことでいっぱいになっていったのだ。
― どうしたらクライアントの役に立つ提案ができるのかしら?
成果を上げることに邁進していく日々を送るうちに、いつのまにか真優は学歴など全く意識しなくなっていった。
そう、真優は気がついたのだ。
大学時代は、どうしても自分が在籍する大学がアイデンティティになる。しかし、卒業して社会人として誠心誠意仕事に向き合えていれば、大学名などほぼ関係がなくなることに…。
きっと今日真優を褒めてくれた先輩も、国立早慶卒のエリートなのだろう。でも新入社員の頃とは違い、そんなことは全く話題に上らないどころか、誰も興味も持たない。
そして、他大の子たちが「女子扱い」されることへの羨望の気持ちも、社会人になって努力が認められつつある今はすっかり消え去っていた。
学生時代に囚われていた「明治女子」コンプレックス。あの正体は一体何だったのだろうと、我ながら不思議になってしまう。
― 大学は大学、私は私。
大学は自分を構成した要素ではあるが、それ以上でもそれ以下でもない。
いち社会人として着実に成長している真優は、しばらくリバティタワーを眺めると、久しぶりに再会した友人に別れを告げるように背を向けた。
歩みを進めるほどに、リバティタワーは遠くなっていく。
その景色を時折振り返りながら、真優はよくも悪くも囚われていた「明治女子」からの解放感を噛み締めるのだった。
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