孝之のスマホのパスコードは、絵麻の誕生年月日。
「忘れっぽい俺でも、これだけは絶対に忘れない!」と言っていたのが、いかにも子煩悩な孝之らしい。
すんなりと開いたスマホでLINEを立ち上げる。思った通り、義父から会社を継いで以来4年間秘書を務めてくれている木村可奈さんからのメッセージが残っていた。
『社長、明日の新幹線は7:55発ののぞみですよ。寝坊しないようにご注意くださいね』
「もう、年下の木村さんにまで子ども扱いされちゃってるじゃない」
思わず苦笑いがこぼれるが、ともあれ、今の時刻は7:15。急いでホームまで追いかければ間に合いそうだ。
「えーっと、何号車に行けばいいのかな…?」
軽い気持ちで、少し前のメッセージまでさかのぼる。
だが、次の瞬間。予想外の衝撃に私は一瞬、呼吸を忘れた。
勢い余ってスワイプしすぎた今年6月のトーク。そこに、探していたものとはまったく関係のないメッセージを見つけてしまったのだ。
『社長、安心してください。昨晩のことは誰にも言いません』
『でも私、後悔してませんから。仕事のあと、また部屋で待ってます』
「なに…これ…?」
心臓がヒュッと落下するような感覚に襲われたかと思うと、すぐに、破れそうなほどバクバクと激しく鼓動し始める。
孝之にスマホを届けるなら、今すぐにでも出発しないと間に合わない。だが、体は金縛りにあったように固まってしまい、まったく動けなかった。
ー なにこれ…なにこれ?どういう意味なの…?
頭の中は、疑問でいっぱいだ。ぼうぜんと立ち尽くすしかできなかったそのとき、バタンッと玄関のドアが慌ただしく開く音がした。
「まずいまずい~。美郷ー!俺、スマホ忘れてるよね~!?」
静まり返る家中に響き渡る、孝之の能天気な声。
大騒ぎで引き返してきた孝之は、私の姿を見つけた途端に口をつぐんだ。
スマホを手にしてぼうぜんとする私と、その姿を無言で見つめる孝之。永遠にも思えるような沈黙が、2人の間に流れた。
「ねえ…秘書の木村さんと浮気してるの?」
気がつけば私は、まるで夕飯のリクエストを聞くような、なんでもない口調で孝之に問いかけていた。いつもと変わらない孝之の顔を見ると、急に現実に戻ってしまうのだ。
「何言ってるんだよ、バカだな~!」
いつもみたいに明るい声で、そう言ってほしかった。
「冗談だよ!びっくりした!?」
いつもみたいにイタズラっぽく、そう否定されるはずだった。
でも…。
目の前で孝之がとった行動は、付き合い出してからの19年間で1度も見せたことのない姿だったのだ。
180cmの長身が折れまがり、私が見立てたゼニアのスーツをまとったその両膝が、ゆっくりと毛足の長いラグに埋もれていく。
土下座。
初めて見る夫の土下座を前に私は、突然まったく知らない場所に連れてこられてしまったような恐ろしさを覚えた。
だが、そんな私の恐ろしさをよそに、孝之は低い声を漏らす。
「ごめん。魔がさした」
額をべったりと床につけているため、孝之がどんな表情をしているのかはわからない。
でも、これだけはよく理解できた。
何一つ不自由のない、完璧に幸福な、私の“いつも”の日々。
それはたった今、この瞬間、粉々に砕け散ってしまったのだった。
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この記事へのコメント
って題名再構築夫婦だし、1ページ目に再構築を始めたばかりって書いてあるのにそれともがあるの?雑じゃない?