甘い墜落 Vol.2

「婚約者の彼だと、退屈」平凡な未来に鬱屈する女が、他の男に魔が差してしまい…

美津が大介と出会ったきっかけは、取材だった。

当時、美津は鉄道会社の新路線開発について特集を組み、長期取材を行っていた。その取材先が、大介が勤める鉄道会社だったのだ。

大介と初めて会ったときは、堅い印象の男だと思った。

しかし、半年近く取材を重ね、印象は変化。華やかさはないが、細かい気遣いができる人だと知って、美津からアプローチをかけた。

― 懐かしいなあ。

当時の恋心は今や消えてしまい、居心地のよさだけが残っている。

モヒートをかき混ぜながら美津はひっそりため息をついた。しかし、退屈さを理由に勢いで別れを切り出すほど、我を失ってはいない。

なぜなら、彼氏候補もいない状態で今から相手を探すとなると、婚期を逃すリスクがあるからだ。

― だったら、結婚向きの大ちゃんと…。そう、この人は結婚向きよ、結婚向き。

心の中で連呼しながら、彼を見た。

何も知らない大介は、幸福そうに誠司と雑談を続けていた。


火曜の20時。

この時間に家にいることに、美津はようやく慣れてきた。

「美津ー?これ洗濯機にかけていいのー?」

大介が、美津のシャツをヒラヒラと見せて聞いてくる。

「あ、手洗いだわそれ」

「おっけー。僕が洗っとくよ」

今や美津の方が帰りが早いのに、大介は家事をこれまで通りやってくれる。

さすがに申し訳なく思うが、大介は決まってこう言うのだ。

「美津はやっと激務から解放されたんだから、休んでなよ」

その言葉に甘え、美津は洗濯機の起動音を聞きながら、大介が作ってくれたミルクティーを一口飲む。

美津の好みの甘さ。大介は美津の好きな味を知り尽くしている。

― 大ちゃんは、素晴らしい結婚相手よ…。

それでも、心のど真ん中に居座る不満。美津はつい、思ってしまうのだ。

先月まで、今頃の時間は執筆に充てていた。膨大な取材メモと、資料を組み合わせて、意義のある記事を書いていた。

― なのに…。

大介が洗濯を終え、リビングに戻ってくる。彼はソファにいる美津の隣に腰を下ろし、笑顔でチラシを広げ始めた。

「なあなあ、相談。電力会社を変えようと思ってさ…。結婚したあとも関係のある話だから、一緒に決めよう」

大介が、チラシの束を美津に渡す。

記事用の資料ではなく電力会社のチラシを手に持つ自分に、美津はこう思わずにはいられない。

― 私の能力は、家庭のために磨いてきたわけじゃないのに…。

この記事へのコメント

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No Name
大介、優し過ぎない? 美津よりいい人いると思う🥺
2021/11/26 05:2599+
No Name
なんの共感も出来ない美津。
2021/11/26 06:1499+返信1件
No Name
なんだ、美津は大介に対しての恋心は、とっくに消えてたのね。それなのに、次の候補もいない状態だから、婚期を逃すリスクもあるしでキープしてるって、どうなの?
2021/11/26 05:2487返信3件
No Name
私の人生平凡過ぎない…?って笑笑。
中二病みたい。
世の中、美津が見下している「平凡な人」達が経済を回しているのに。
そんな考えを上司に見透かされたから異動になったんじゃないの。
「自分を見つめ直せ」と。
2021/11/26 06:0470返信1件
No Name
1人で飲む時や誰かに声をかける時は、結婚指輪を外して胸ポケに隠したりするからね…既婚者でも指輪しない男性も多々。以前バツイチ子あり婚活の連載で、オリバーとイギリスに行った人。バーでナンパされて、勝手に相手もバツイチだと思い込んでたら、普通に既婚者だった話を思い出した。
2021/11/26 05:2939返信16件
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