父親は大企業の社長だけど…。
「楓ちゃんは、何の仕事をしてるんだっけ?」
「私は損保のエリア総合職です。裕二さんは、代理店でしたよね?」
「そうそう。よく覚えてたね」
そう言って微笑む裕二さん。彼の体型にピッタリ合っていて、シワひとつない綺麗なシャツは、オーダーメイドなのかもしれない。
「楓ちゃんは、どこ出身なの?」
「私ですか?埼玉です…」
ただ地名を言うだけなのに、田舎者と思われる気がして(別に埼玉は田舎ではないけれど)少しだけ恥ずかしくなる。
「へぇ、埼玉なんだ!」
しかし裕二さんは、バカにすることもなくリアクションしてくれたのだ。…ただその反応があっさりしすぎていたので、私に興味がないだけなのかとも思ってしまったのだが。
「裕二さんは?」
「出身は文京区だよ。でも今は引っ越して、実家は六本木一丁目にあるんだ」
「え!?ご実家が、ですか?」
― 泉ガーデンあたりかな…。
そんな推測をしていると、お酒が進んできたからだろうか。裕二さんがいきなり、ペラペラと語りだした。
「同族経営の会社をやってる奴のクラスと、医者や弁護士のクラス。あとは僕みたいに、親が世襲制じゃない会社の社長をしてるとか、芸能系の親を持つその他のクラス」
その言葉で、なぜ親が大企業の社長であるにもかかわらず、彼が大手広告代理店で働いているのかが分かってしまった。
継ぐことはないから、会社員をしているのだ。
そして裕二さんはグラスのワインを飲み干すと、こう続けた。
「見えないところで、微妙な差があったんだよね」
「…でも私からすると、幼稚舎出身というだけですごいなぁと思いますけど」
結局この後も、仕事に関する話題を振っても、なぜだかすぐ学生時代の話に戻ってしまった。
「今日は楽しかったなぁ。次はいつにする?」
気づけば、完全に彼のペースに巻き込まれていた。けれども、何となくこの先は見えている。
交際まで進んだとしても、結婚となると家柄の問題などが出てくるのだろう。
― 私には、ちょっとプレッシャーだわ。
こうして、私は勝手に自爆したのだ。だが裕二さんは最高にポジティブで、その後何度も連絡をくれた。
「やっぱり幼少期から特別な男性って、拒否されるっていう感覚がないのかな…?」
そう思いながら、私は裕二さんとのデートを振り返ってみた。
◆
ずっと明るい人生を送ってきたはずの彼。
お金をかけて大事に育てられてきた過去は、自信として積み重なっていく。そしてあるとき、気づくのかもしれない。
自分は選ばれた人間である、と。
その後も同じように“選ばれた”側の、幼稚舎上がりの友人に囲まれて幸せに過ごす。
そんな、狭い人間関係の中で生きてきた彼ら。どれだけモテて華やかな女性陣が群がってきても、きっと最後に選ぶのは“同じような環境で育ってきた相手”だと思う。
愛する“慶應”の女性を、仲間として特別視するから。
「華やかそうな人生に見えるけど…」
過去の思い出にすがり、現状に不満を抱えていそうな裕二さん。そんな彼を見ていると、何のしがらみもない、平凡な自分の人生がちょっぴり平和にも思えてくる。
“選ばれた側”の男性に、選ばれてみたいという願望もある。でも私は現状を悲観しすぎず、これから始まる婚活続きの日々を乗り越えようと、決めたのだった。
▶他にも:「友人と会う」と言い出掛けていった妻。しかし高級ホテルで、夫が見た衝撃的な光景
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この記事へのコメント
楓は、ちゃんと大学も出ているしきちんと仕事も持っている。埼玉出身だからダメとか言う親も今時いないと思う。お父様も銀行員なら家柄が悪いまでは言われなそう。
高望みしなければきっと大丈夫だと思う。
まだ若いからいろんな人を見て、勉強するのは悪いことじゃない。
損保のエリアだって、むしろ世間からみたら良い年収です。
あなたに相応しい人が絶対見つかるよ!
(元損保OLのおばちゃんより)
楓ちゃんが地に足ついた考えで良かった。
幼稚舎から慶応って沢山居るし、それで大人になっても自分が特別って思っているのは痛い。