2021.09.21
SPECIAL TALK Vol.84電気を点ける父の背中を追い、消灯後の時間を充実させる
金丸:でも優れた素材を作る技術はあっても、売れるかどうかは別の問題ですよね。
高岡:なので最初の4年くらいは、ずっと低迷していました。それに寝具って、いかに売り場を押さえるかが勝負なんです。食品は試食できるし、洋服は試着できる。寝具を買いに来た人に、触ってもらうには売り場に商品がないと話になりません。
金丸:寝具としての品質には、最初から自信があったのですか?
高岡:僕は24歳のときに交通事故に遭いました。それ以来、すごく肩がこるようになってしまって。「このクッション材の反発力、すごくいいぞ」というのは、自分の体で実感したことです。大学で物理をやっていたので、力学的な反発係数のことも分かっていましたし。
金丸:反発力があると、なぜいいんですか?
高岡:「明け方に目が覚めてしまう」という人がいますが、これは明け方に眠りが浅くなったときに寝返りを打つと、体に力が入って、脳に刺激がいってしまうのが原因なんです。エアウィーヴは反発力があるおかげで、寝返りを楽に打てます。だから脳に刺激がいかずに眠りを邪魔せず深い眠りになります。
金丸:そういうメカニズムなんですね。
高岡:それに小さいクッション材を売るよりも、大きな寝具を売った方が、まとまったお金になる。小さな電力機器から大きな建材に行った父と同じ理由なので、複雑な気持ちになるのですが(笑)。
金丸:血は争えませんね(笑)。
高岡:ただ、寝具が有利だったのは、建材よりも規格化されていて、サイズのバリエーションが少ない点。そのぶん製造工程が複雑になりません。
金丸:低迷を打ち破ったのは、何がきっかけだったのですか?
高岡:製品は売れないものの、工場を遊ばせておくのはもったいないので、周りの人、200人くらいにエアウィーヴを使ってもらったんです。寝具も触った感触くらいは体験できるけど、翌朝、どれだけ快適に起きられるかは確かめられません。すると、一部の人から「ものすごくいい!」という評価をいただいて。
金丸:ひょっとして、それが運動している人たちだった?
高岡:そのとおりです。運動している人たちは体が敏感なので、朝起きたときの違いに気づいてくれました。だったらスポーツ選手を起用して、マーケティングをしようと。スポーツ選手のなかでも眠りに一番こだわる人にしたいと考えました。
金丸:一番こだわる……。トップ選手はみんなこだわっていそうですが。
高岡:たとえば野球やサッカーの選手だと、年間何十試合もありますよね。だからいくらかお金を払えば、広告に出てもらえるし、何十試合のうち1日くらいは寝てくれるでしょう。でも、たとえば翌日、絶対に負けられない試合があるとなると、たとえ1億円払われたとしても、自分が認めた寝具以外では寝てくれないはずです。
金丸:だから、オリンピック選手をターゲットにしたのですね。
高岡:そうです。錦織 圭さん、浅田真央さんといったトッププレイヤーに実際に試していただき、使い心地を評価していただきました。その結果、2012年にはロンドンオリンピックの選手向け寝具として、日本政府から製品開発を依頼され、そこから一気に広がりました。
金丸:東京オリンピックでは、エアウィーヴのマットレスだけでなく、段ボールベッドも話題になりました。「ソーシャルディスタンスのために2人で乗れないよう、こんなベッドにしたんだ」と騒ぐ選手もいましたね。
高岡:ところが、段ボールって、衝撃には強いんですよ。エアウィーヴのマットレスは、ブロックを入れ換えたり、組み合わせたりして選手の体形に合わせて個別化できるように意図的にマットレスブロックを薄くしています。薄くても何倍も厚いマットレスと同じ性能があるのですが、薄いぶんだけ、上で跳ねるとベッドフレームに衝撃がいく。
金丸:海外の選手たちが段ボールベッドの強さを“テスト”する動画もたくさん出回りましたが。
高岡:そのおかげで、十分な強度があると世界中に知ってもらえました(笑)。選手のみなさんには、感謝のメールを送らないといけません。
金丸:最近では、エアウィーヴの座布団もあるそうですね。
高岡:はい。飲食店でご利用いただくことが多くなりました。料理人の方の研ぎ澄まされた感覚は、アスリートと共通するところがあります。そんな方たちだからこそ、お客様に長時間、ストレスなく料理を味わってもらうということの価値を分かってくださるんです。それに汚れたときも、一般の座布団と違って簡単に洗えますから。
金丸:素晴らしいアイデアですね。釣り糸の製造機械メーカーが、いつの間にか寝具メーカーとして、世界でも特別な地位を築いた。高岡さんのアイデアや行動力だけでなく、縁や運といったものも感じます。
高岡:運はありますよ。僕はこれまで、いい出会いにたくさん巡り合ってきました。
金丸:お父様との関係も、振り回されることもあったけど、経営者としての高岡さんに深みを与えているように感じます。
高岡:日本高圧電気の製品は、ものによっては全国のシェア6割を超えます。それがなければ、みなさんの家の灯りは点かない。うちの親父が電気を点けるから、電気を消したあとの世界はエアウィーヴ。そんなふうに考えていますが、まだまだ親父には勝てません。
金丸:「親父、恐るべし」ですね。
高岡:父と衝突したり、個人でとんでもない借金をしたり、いいことも悪いことも、いろいろありました。自分でコントロールできないことはいくらでもありますが、前を向いていれば、いつかチャンスがやってきます。だから、前を向きましょう。あとは1億円以上は借りないようにしてくださいね(笑)。
金丸:なかなかそんな機会はないでしょうが(笑)。これからは睡眠だけでなく、いろいろな場面でエアウィーヴのお世話になることが増えるかもしれません。今日はお忙しいところ、本当にありがとうございました。
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