Uターン女には理由があって Vol.1

Uターン女には理由があって:職も彼氏もなくした35歳女は、ポストに届いた“あるモノ”に絶望し…

ポストに入っていたのは、1通の賃貸借契約更新通知だった。

情けないけれど、この更新料を払ったら蓄えておいた貯金が底をつく。

― これって、東京から出ていけってこと?

大学に進学するのと同時に東京で暮らし始めて、17年。

これから先もずっと東京で生きていくつもりだったし、これまでの楽しかった生活は当たり前に続いていくと思っていた。

それなのに仕事も彼氏も、住む家もないだなんて。これからどうしたらいいのだろう。



「ファッションが大好きで、ファッション誌の仕事がしたいんです!」

昔からの夢が叶い、念願の大手出版社への就職が決まったのは22歳の頃。そして就職してからは、昼夜を問わずとにかく働いた。

その甲斐あってか、入社から7年が経つ頃には、人気ファッション誌でかなりのページ数を任されるようになったのだ。

それくらいの頃から、ほとんど無自覚で“私は東京で成功した側の人間”と、思いこんでいたんだと思う。

「いいなあ、千佳の仕事は。華やかだし流行の最先端だし!私たちとは見てる世界が違うって感じ」

「大変なことも多いんだよ?いつも寝不足だしね」

「そんなこと言って、肌も髪もツヤツヤだし、その服も先月号に載ってたやつじゃない?」

そんなふうに、自然と友人たちから羨ましがられることも増えていった。

そうして長年住んでいた江東区にある1Kのマンションから、恵比寿駅近くの2DKの部屋へと引っ越したのもこの頃。

休みの日は近所のカフェで本を読みながらゆっくり過ごす、という理想の生活も手に入れた。

― これで彼氏ができたら、もう言うことナシだなあ。

なんて思っていたらすぐに素敵な出会いがあったものだから、自分の引きの強さが少し怖くなったくらいだ。


その彼は、広告代理店に勤める営業マン。ある化粧品会社とのタイアップ企画が持ち上がったときに、打ち合わせの席で出会った。

最初は3歳年下の彼のことなんて、完全に恋愛対象外。それでも企画が無事ゴールを迎えたあたりから、積極的に食事へ誘われるようになった。

二人きりで飲みに行くようになると、人懐っこいところが可愛く思えた。それに仕事の相談をすれば的確なアドバイスをくれる彼に、どんどん惹かれていったのだ。

「ねえ。実は私、会社を辞めようと思ってるんだ。すぐにってわけじゃないんだけど」

「転職ってこと?どんな仕事したいの?」

「今後は、フリーランスのライターになりたいんだよね」

いつかはフリーで働きたい。でも自分には夢のような話だと思っていた。だけど、ここ数年でだいぶ実力はついてきたと思う。

それに、いつしか“大島千佳としての記事”を書きたい気持ちが、抑えきれなくなっていたのだ。

「そっか。俺は応援するし、いつでも相談に乗るよ。あ、フリーランスで働くなら、まずは生活費の半年分以上を貯金しておいたほうが安心らしいよ。あとは保険もね」

そんな彼の応援もあって、付き合い始めてすぐ、独立に向けた準備を始めた。そこから2年後には会社を辞め、フリーランスライターとしてのスタートを切ったのだ。

彼との付き合いも順調だし、今が人生のピークかもしれない。そう思うくらい、すべてにおいて充実していた。

…はずだったのに。

この記事へのコメント

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No Name
いやそれはできないです!とか、1ミリたりとも妥協したくないスタンスで、時に威圧的な態度をとるようにまでなってしまっていたら、もう仕事は入ってこないよね。もう少しうまくやればよかったのに…
2021/06/09 05:3099+返信3件
No Name
帰れる実家があってよかったですね。もしなければ生活保護がホームレスに。
2021/06/09 05:2796返信11件
No Name
フリーの仕事ってすごい難しいと思う!いい時はいいけど、悪い時は全然仕事無かったり。しかもフリーのライターだと今、相当厳しい気がする。お小遣い稼ぎ副業的にやっている人も多いし、だから執筆料も1文字0.5円とか。
2021/06/09 05:2059返信1件
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