ヤドカリ女子 Vol.1

ヤドカリ女子:仕事も男も手玉に取る28歳女。彼女が決して自宅に帰らない理由とは

見た目も仕事も隙がなく、完璧な女。

周囲からは“憧れの的”としてもてはやされるが、そんな人物にこそ、裏の顔がある。…完璧でいるためには、ストレスのはけ口が必要だからだ。

PR会社で多忙を極める28歳の綿谷あんなは、求愛してくるいろんな男のもとを毎晩泊まり歩き、決して自宅に帰らない。

母親の“呪い”に、乱れた生活。そして歪んだ自尊心…。

これは、そんな女が立ち直っていくストーリーだ。


「え、もうお帰りですか?」

その声に、オフィス内でちらほら残っていた数人の視線が集まる。

「うん、間に合ってよかった」

立ち上がった女…あんなは微笑み、コートに袖を通した。

「お先に失礼します」

カツ、カツ。響くヒールの音が小さくなっていくと、どこからともなくため息が漏れた。

「すごいよな。代理店が『明日朝イチまでに企画書ほしい』って言ってきたの、20時すぎだぜ?」
「テッペン回ってるのに化粧もばっちりだし、疲れた感じも全然なくて、綺麗で優しくて」

キーボードを叩く手を止め、男は天井を仰ぐ。

「本当、完璧すぎるよ。…綿谷あんなさん、彼氏いるのかなぁ」

ぼやく言葉に「超ハイスぺ彼氏いるに決まってるから諦めな」と別の男が一刀両断したことで、会話は途切れた。



コインロッカーの操作画面を、あんなは手慣れた動作で弾く。スマホに画面をかざすと、カチャッとロックが外れる音がした。

「よいしょ」

開いた扉から、膨らんだボストンバッグを引っ張り出す。この姿を誰にも見られたくない。そんな思いから、自然と足取りが早くなる。

幸い、タクシー乗り場には誰も並んでいなかった。あんなは乗り込んだタクシーの背もたれに身を委ね、瞼を軽く閉じる。じんと目の奥に痛みを感じ、そこで初めて疲れていることに気づいた。

「すみません、ANAインターコンチまでお願いします」

そう、疲れているのだ。PR会社に入社し6年。花形の部署は、広告代理店とクライアントに振り回されるブラックな部署。

― でも私は完璧でいたい。疲れた顔も余裕のなさも、仕事の失敗も皺くちゃな服も、絶対に見せたくない。

だけど完璧でいるためには、ストレスのはけ口が必要なのだ。

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