男女の賞味期限 Vol.6

理性と欲望で揺れる人妻。都合よく甘えていた男から仕掛けられた逆襲

ターニングポイント


「よう。今日も綺麗だな」

現れた悠介は、臆面もなくそんな言葉を口にした。

「相変わらず、調子が良いんだから」

最初こそ狼狽えて上手くかわせなかったが、最近は真希も適当にあしらえるようになっていた。

「何飲む?俺、昼からビールいっちゃおうかな」

「私もビールにしようかな」

すると悠介は、ニヤッとしながら軽口を叩いた。

「シャンパンとかじゃなくて良いんですか、セレブ妻は」

「嫌な感じ。この前も送った通り、義母には色々言われるし、妻なんて良いものでもないわよ」

わざとらしく鼻を鳴らして、そっぽを向く。とはいえ、こんなじゃれ合いすら懐かしくて楽しかった。

「まあ、義理の親は色々あるよな」

ビールを煽りながらぽつりと呟いた悠介を見て、真希は咄嗟に左手の薬指に目をやった。

前回会った時もそうだったが、彼は結婚指輪をしていない。なんとなく、女がいる気配もない。

だが、悠介ほどの優良物件が、ずっと独身でいるとも思えないのだ。人づてには、数年前に結婚したと聞いていたが、現在のステータスは分からない。

触れないようにしてきたが、義理の親の話題が出た今しかない。真希はさりげなく話を振ってみる。

「悠介も、義理のご両親とは馬が合わないの?」

「ああ、言ってなかったっけ。俺、結婚してもう6年経つ。

奥さんは、証券会社でバリバリ働いてるよ。ニューヨークも俺は単身だった。

一緒には住んでるけど、食事も別で、会話もほとんどない。ルームシェアしてるって感じ。

そんなんだから、あっちの親と会ったのなんて、いつが最後か分かんない」

初めて聞く情報ばかりで驚いた真希だが、平静を装って「そうなんだ」と、相槌を打つ。

「赤坂のタワマンに住んでるんだけど。豪華な外見と違って、中身は冷え切ったスカスカな家庭だよ」

−豪華な外見と違って、中身はスカスカ。

心の奥が、キュッと締め付けられる。なんだか、自分に浴びせられているようだった。

その時、悠介が真希の手を握りしめた。

「真希が奥さんなら、違う人生だったのかもな。いつまでも男女でいられたんじゃないかって思うよ」

力強く見つめられると、呼吸は荒くなり、全身が痺れるように熱くなっていく。

「いや、そんな…」

咄嗟に手を放そうとするが、悠介は「いやだ、逃がさない」と、さらに強い力で手を握りしめる。

お酒も入って大胆になったのだろうか。目をトロンとさせ、甘えるような声でこう囁いた。

「この後、真希のこと独り占めしても良い?」

−独り占めって…。

昼下がりのレストランで、まさか誘われるとは。

ダメだと分かっているのに、自分の中の女としての本能が呼び起こされてしまう。

理性と欲望の間を、真希はふらふらと彷徨っていた。

そんな迷いを見透かしたように、悠介は頬を撫でたり、あらゆる手を使って口説いてきた。

強く求められた真希は、人妻という立場も忘れて、彼に身を委ねそうになってしまう。

そして彼は、こう畳みかけた。

「真希も、旦那さんと上手くいってないんだろ?俺も、もう奥さんのことは女として見られない。

息抜きに良いじゃん。割り切った関係でさ」

目の前の悠介の眼差しは優しく、「俺ら、共犯めいた関係だろ」とでも言いたげだ。

ー息抜き。割り切った関係。

その言葉に、真希の心の奥はスッと冷たくなった。先ほどまで熱いくらいだった体温が奪われていく。

チヤホヤされて浮かれていたが、一線を超えてしまったら、取り返しがつかない。法的にも倫理的にも、完全にアウトだ。

ーさすがにそれは望んでない…。

急に怖くなった真希は、慌てて席を立ち、帰る支度を始めた。

「ごめん、急用を思い出したの」

白々しいと分かっていても、この場から立ち去ることくらいしか思い浮かばなかったのだ。

すると悠介は、つまらなそうな声でこう言った。

「なーんだ、帰っちゃうの。寂しいなあ」

「ごめんね。今日は私が…」

無理矢理笑顔を作った真希は、ひどく冷たい指先を震わせながら財布を取り出し、会計を済ませてその場を立ち去った。


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