2021.01.15
オフラインな私 Vol.1「こんにちは。ごめんなさいね、お昼過ぎに来るって言ったのに」
―えっ、もう来たの?
みずきはチラッと時計を見る。時刻は11時半、まだお昼前だ。家中の掃除は昨日のうちに済ませたが、まさか昼食の準備が必要になるとは思わなかった。
「いいえ、ゆっくりしていってください」
そう言うと慌てて義母を迎え入れ、雅也の部屋の扉を開ける。するとみずきのうしろから、彼女が部屋を覗き込んできたのだ。
義母はいつも身なりを小綺麗にしており「こんな風に年齢を重ねられたらいいなあ」と思うような雰囲気を纏っている。
…だけど呆れてしまうような行動も多く、最近ではウンザリすることも増えてきていた。
「雅也、また忙しいの?ちゃんと寝てる?」
「母さん、もう来たんだ。俺は大丈夫だから心配しなくていいよ」
―いやいや、子どもじゃないんだから。
そしてダイニングに移動すると、彼女はわざとらしく急に思い出したフリをした。
「そっか、ちょうどお昼前の時間ね。みずきさんは、いつもお休みの日は昼食、どうしてるの?」
「お昼はあるものでパパッと作ることが多くて…。今日はパスタにしようと思ってたんですけど、お義母さん、いかがですか?」
そう答えながら、自分が冷や汗をかいていることを自覚する。
「いいわね。みずきさんは料理上手だって聞いてるから、楽しみだわ」
その反応にホッと胸を撫で下ろしつつ、キッチンに立つ。トマト缶でソースを作り麺を茹でていると、次はキッチンカウンター越しに義母が様子を覗いてきた。
「お手伝いできること、ないかしら」
しかし「大丈夫です」とみずきが言いかけた瞬間、何かが彼女の目に留まったようで、急に怪訝な表情を見せたのだ。
「ちょっと、何?コレ…」
義母の目線の先にあったのは、先ほどパスタソースを作るために空けたトマト缶。
「ちゃんと無農薬のトマトで、イチから作らないとダメじゃない。雅也はみずきさんのこと“料理上手”だなんて褒めてたけど、全くダメね」
そう言って彼女は、あからさまにイヤな顔をして見せた。
―なによ、それ。これでもInstagramでは“料理上手な新妻”って、チヤホヤされてるのよ?
「…そうですよね、すみません」
しかし不服ながらも、謝ってみせた次の瞬間だった。義母から衝撃的な一言が放たれたのは。
「あの子は私が歳を取ってから産んだひとりっ子だから、今でも心配なのよ。…あなたに私の気持ちが、本当に理解できるのかしら」
フフ、とかろうじて笑ってはいるが、その目つきは鋭い。
「すみません…。あっ、もうパスタができるので、先に食卓に着いていてください」
そのタイミングで、ようやく雅也がリビングにやって来た。完成したパスタをフォークにくるくると巻き付けながら、義母が言う。
「それにしても、広くて綺麗で、素敵な家ね」
「そう、いいでしょ。ただ部屋の数が多くはないから、子どもができるまでの家になりそうだな」
雅也が何の気無しにそう言うと、彼女は妙に納得した表情を浮かべてうなずいていたのだった。
◆
その日の夜、みずきが食器を洗っていたときのこと。
テーブルの上に置かれた雅也のスマホに、何やら通知が来ていることに気が付いた。目を凝らして見てみると、義母の名前が表示されているように見える。
―今日のこと、何か言われてるのかな…。
彼は今、バスルームでシャワーを浴びている。だからしばらくは戻ってこないはずだ。
悪いとは思いつつも、恐る恐る彼のスマホのロックを解除する。そしてLINEのトーク一覧を開いた。
『じゃあ賃貸の契約が終わったら、同居できるわね』
―えっ、どういうこと…?
確かに表示されている“同居”という2文字を、何度も見返す。どうやら雅也は、勝手に“義両親との同居話”を進めていたようだ。
「嘘…。そんなの絶対イヤ。ありえない」
めんどくさい義母をかわしつつ、広々としたキッチンで好きなように料理を作り、Instagramに見せかけの自慢話を投稿する。それがみずきの、束の間の幸せだったのだ。
同居をすれば、それもできなくなってしまう。
そう考えた瞬間、みずきにとって天国のような場所であるキッチンが、地獄の場所に変わってしまうような気がした。
見た目はどんどん“おじさん化”しているくせに、いつになっても子どもみたいな夫と、失礼極まりない義母。
彼らのことを思い浮かべたそのとき、我慢の糸がぷちんと切れた。
―自分を押し殺してまで、こんな人たちと一緒に暮らすぐらいなら…。
みずきの脳内には“離婚”という選択肢が、チラつき始めていた。
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