2020.12.29
東京修羅場ファイル Vol.1健介と出会ったのは、瑠璃子が25歳のときだった。出会いのきっかけは、六本木のイタリアンバルで開かれた食事会。
その会には、同僚数人と参加した。相手は広告代理店の男たち。
―代理店男子って、なんだか遊んでそうだなあ。
そう思って適当な気持ちで顔を出したのだが、食事を終えた2時間後。瑠璃子はあるひとりの参加者に特別な感情を抱いていたのだ。
その男・健介は、代理店らしくない落ち着いた雰囲気の持ち主。イケメンとは程遠いけれど人当たりの良い男性だった。
「健介さん。私、あなたとお付き合いする気がします」
瑠璃子は、期待を隠さず彼にそう伝えた。
自分のような女である場合。つまり皆の目を引くような美人である場合は、自分から仕掛けて損をすることは絶対にないと信じていたからだ。
案の定、会が終わってすぐ健介はこう言ってきた。
「2人で2軒目、行きませんか」
―ほらね、間違ってなかったでしょう。
その瞬間、瑠璃子は心の中で“勝ち”を確信したのだった。
あの日から今日までの約2年間、何の不満もなかった。なにしろ彼は、瑠璃子にベタ惚れ状態だったから。それは歴代彼氏の中でも、ダントツだった。
「瑠璃子は俺の自慢だからな」
これが健介の口癖だった。
それに激務である中、彼は少しでも時間を作って、会いに来てくれたのだ。
有名なレストランにも連れて行ってくれたし、欲しいものをプレゼントしてくれたりと、まさに“至れり尽くせり”状態だった。
それなのに。
目の前の健介は、なぜだか「幼なじみと結婚することになった」と、ふざけたことを言っている。
彼の言葉を聞いた瞬間、暖かいカフェの中にいるはずなのに指先が冷えてジンジンとしてきた。
「…どういうこと?」
思わず低い声が漏れた。健介は青白い顔で、モゴモゴと話を続ける。
「思ったんだ。結婚するなら、もっと尽くしてくれる人がいいなって。瑠璃子はさ、俺が尽くしてばっかりでさ…」
確かに今まで、散々わがままを言ってきた。
欲しいモノや、行きたいレストラン…。でもそれに笑顔で応えていたのは健介じゃないか、と思う。
「それで、学生時代から俺をずっと好いてくれてる子のことが、頭に浮かぶようになって。最初は本当に、ただ久々に会うだけのつもりだったんだ」
「いつ会ったの?」
「2か月前。でも会ってみたら、瑠璃子より幼なじみの奈々の方が、その、結婚生活の想像がついて…」
「…そう」
瑠璃子は長い黒髪をかきあげ、あっさりと冷めたような声で返事をする。そしてハンドバッグからスマホを取り出し、テーブルの上にのせた。
「はぁ、良かった。もっと怒るかと思ってた」
「だって、なんて言ったらいいか。彼女はどんな子なの?」
「そうだな…。落ち着いた、従順な感じの子」
潤んだ目で健介を見つめ、責めるように言う。
「私より好きなの?どういうところが?なんで?」
両隣の席にいたカップルが、2人をチラリと見た。すると彼は、おどおどした様子で言葉を続ける。
「いや、好きっていうか。ちょうどいいだけなんだ。…ほら、結婚って、恋愛とは違うからさ」
「じゃあその子とは、恋愛じゃないってこと?」
「そうだな。結婚向きってだけだよ。恋愛をするなら、間違いなく絶対に瑠璃子なんだけど」
「…もういい。お会計してきて」
本当は気づいていた。
「ちょうどいいだけなんだ」
「恋愛なら間違いなく瑠璃子だ」
たった今、健介が言ったことは、瑠璃子を傷つけないためのただの優しさだ。彼は、多分もうしっかり奈々を愛している。
―でも、そんなの知ったことじゃない。そんなことはさせない。
そしてテーブルに置いたままになっていた彼のスマホに、手を伸ばした。
確かに彼女かなり気が強そうだし、男の気持ちも分からなくはないけど、それならちゃんと別れてから幼馴染と付き合えばよかったのに。
奈々は彼女いるって分かってて
略奪婚しようとしたのか
瑠璃子は浮気相手ってことになってたか
どちらにせよこんな男と結婚しようと思う
奈々もちょっと😨
動画送りたくなる気持ちが分かる
彼氏のクソな部分が分かって良かったと思う
これだけの裏切りしといて平気でLINEしてくる
神経どうかしてるし
行動すればするほど瑠璃子は食事会メンバーに共有してると思うけど😂
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