「経営者と結婚したい」
そういう女性は多いけれど、一度冷静になって考えてみてほしい、と紗代は思う。
きっと彼女たちが想像している経営者とは、既にIPOを果たした人とか老舗企業の御曹司とか、滅多に出会えない確率の人たちだ。
だけどそういう人たちは、まず普通の女性とは付き合わない。
一般女性といったところで、東大出身の外銀セールス美女とか、アナウンサーとかそのレベルだろう。
どちらの肩書も持たない紗代が辿り着いたのが、若手の起業家だった。しかも資金調達の段階がシリーズBくらいだったら尚良し。
なぜならシリーズBの段階なら、少し頑張れば出会えるから。
それにエリートサラリーマンとの結婚と比べたら博打だけど、上場やEXITを果たせば“ミリオネアの妻”になるのだって夢じゃない。
シリーズ“B”との出会い
裕一と出会ったのは、起業してもう20年経ち、会社を “メガベンチャー”まで成長させた松田さんの紹介だった。
紗代は当時、顔が広い友人のツテでベンチャー界隈の人たちの食事会にしょっちゅう顔を出していた。そして徐々に、ベンチャー界隈は結びつきが強く、上下関係もきっちりしていることが分かってきた。
そこで紗代は、若い子から慕われていて頻繁にパーティを開いている松田さんと仲良くなり、色んな会に呼ばれることにまず成功した。
その日も松田さんの広尾にある別宅(家族は成城に住んでいる)で、彼の後輩の上場祝いをしていた。
そこに現れたのが、裕一だった。
裕一はいわゆる“ヒョロ眼鏡”の、冴えない感じの男の子だった。
そのパーティは上場祝いということだけあって豪華だった。部屋中にカラフルなバルーンが浮き、年代もののワインが振舞われ、一流店のシェフが料理を準備していた。
そうした場所にジーパンで来た裕一は、こういう会に明らかに慣れてなさそうで、キョロキョロと辺りを見回している。
「裕一、こっちこっち」
松田さんが裕一を呼び寄せた。当時から彼は裕一をかなり可愛がっていて、「紗代ちゃんさぁ、こいつと仲良くしてやってよ」と紗代に言ったのだった。
―彼、いいかも。
それは紛れもなく直感だ。
そして男2人の会話を横で聞きながら、その直感は確信へと変わっていった。
裕一は家柄は普通そうだったが、学歴は松田さんと同じで、筑駒から東大のエリートコース。会社名をググったら、シリーズBラウンドで先日13億の資金調達に成功したという記事が出ていた。
そして一番の決め手になったのが、事業に集中していて女慣れしていなかったこと。
だから紗代は裕一の隣に座り、まず彼が事業への思いを熱く語るのをひたすら聞いた。(当時起業家とよく飲んでいた紗代は、彼らの話がきちんと理解できるよう、毎朝日経とテック系メディアが出す記事を欠かさずチェックしていた。)
そして彼が好きだと言う漫画やアニメの話で打ち解けさせ、時折自分が知っている知識も嫌味がない程度に話した。
そこから付き合うまでは、トントン拍子だった。
毎日の電話に、2回のデート(3回のドタキャンとデート当日は30分の待ちぼうけを経て実現、店はもちろん近所の適当な店)を経て、紗代たちは結ばれたのだった。
でも、シリーズ“B”男と付き合うのは、予想以上にキツかった。
とにもかくにも彼は人生の全てを事業に捧げていたから、普通のカップルだったらできる全てのことが難しかったのだ。
この記事へのコメント
その博打に勝ったら、次はその旦那の浮気との戦い
人生ってきびしいな!
全く幸せじゃないじゃん。