やりとりが続いている上に、あろうことか、彼のことを悪くないとまで思い始めている。
LINEは長いのだが、電話では麻美の話をよく聞いてくれるし、何より自分を大切に思ってくれていることが言葉の端々から伝わってくるのだ。
―彼と付き合ったら、幸せかも……。流川先輩は、やっぱり私に興味なさそうだし…。
パソコンの前に戻ると、相変わらず無表情な流川が目に入り、思わずそんなことを考えてしまう。
でも麻美も、もう27歳。
やはり巷で言われているように、女性は追う恋よりも、追われる恋をしたほうが幸せなのだろうか、とも思うのだった。
すると1通のチャットが届く。
先ほどの会話で『明治クワルク』を教えて欲しいと言っていた後輩かな?と思い見ると、そこには“流川”という2文字が―。
麻美の心臓は、飛び出そうになった。ドキドキしながらクリックすると…。
―流川:何かあった?
麻美は平静さを装いながらも、すぐに返信する。
―麻美:友達から、電話です。
すると流川はそれには反応せず、こう続けた。
―流川:そのチーズのやつ、うまそうだな。
そこから流川が前職時代に出張でヨーロッパを転々としていたことなどでチャットは盛り上がる。普段は無口な流川がチャットでは饒舌で、変な気分だった。
―えっ!なに?この展開……??
麻美は戸惑いながらもこっそりチャットを続けた。そして飲み会も終盤に差し掛かると、流川がこう聞いてきた。
―流川:ちなみに、さっきの電話は誰だったの?
麻美は数秒悩んだあと、思い切って打ち明けることにした。
―麻美:実はいまアプローチされている人がいて……。
すると流川は少しの間の後、こう送ってきたのだった。
流川:今度2人で飲みに行かない?
麻美は画面を2度見した。
◆
あれ以来、信じられないことに、流川との仲は急速に縮まった。
出勤日に合わせてランチしたり、流川が好きなフレンチでディナーをしたり。実は流川はグルメで、連れて行ってくれるレストランはいつも間違いなく美味しい。
彼の新たな一面を知っていくことで、麻美は流川のことをどんどん好きになってしまう。
無口だがメッセージには即レスなこと、よく寝ること、そして麻美を見るときの優しい顔……。
だがもう5~6回デートを重ねているが、未だ本心は分からない。
―もしかしたら、「気軽に誘える後輩」くらいにしか思っていないのかも。やっぱり恋愛対象じゃないのかなぁ…。
そう思い出すと止まらなかった。
その日も流川と銀座にある個室のスペイン料理屋で食事をしていたが、麻美はどうも落ち着かない。
「倉本…?」
「あっ!すみません!!ぼんやりしてて……」
「このあと、どうしようか」
その日はお店が22時で閉まってしまい、帰るにはまだ早いし、何となく時間を持て余していた。すると流川がこう切り出す。
「…俺んち、くる?汐留だから近いし」
―えっ……???
「うん」というのも恥ずかしく、麻美は無言で頷くことしかできなかった。
◆
そこからタクシーに乗り込み、5分ほどで汐留のイタリア街の近くにあるマンションに着いた。
「おじゃまします」
緊張して、忍び足で家に入る。
「そこでゆっくりしてて。何かあったっけな…」
そう言いながらキッチンに立つ流川を見るのは、夢を見ているかのようだった。
そして流川はシャンパンを注ぎ、何やら料理をしていた。
「さっきの店、量が少なかったな。足りた?」