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  • 「私と本気で結婚したいんだったら…」男がプロポーズ直後に女から突き付けられた、想定外の条件

    拓哉は即答できなかった。

    なぜなら、会社の最寄りは東京駅だし、普段飲みに行くエリアも丸の内や有楽町。住んでいるのも、そこからさほど遠くない品川だ。

    これまで「職場から家までの距離」を何よりも重要視してきたのだ。結婚後も当然、都心に住むものだと思っていた。

    黙り込んでしまった拓哉を見て、涼子の顔色が不安げに曇っていく。このままではプロポーズの夜が台無しだ。拓哉は慌ててこう答えた。

    「田園都市線か...考えてみるよ」

    口ではそう言ったものの、価値観というのはそう簡単に曲げられるものではない。でも、大好きな涼子の意見を尊重してあげたい…。

    拓哉は頭を抱えるのだった。



    『涼子:今日も残業?先帰るね。頑張って!』

    『拓哉:ありがとう。気をつけて帰ってね。』

    仕事はその後も相変わらず忙しく、日々が流れるように過ぎていった。

    涼子からのLINEにとっさに返信したものの、拓哉はふいにスマホを触る手を止めた。

    最近彼女とは、なんとなく気まずい。肝心の住む場所についてはいまだに答えが出せず、最近は会っていても核心をついた話題を避けるようにしている。涼子もそれをわかっている気がして、引け目を感じていた。

    ー気を取り直して、たまには仕事帰りにデートでもしよう。

    拓哉はPCを閉じると、追いかけるように駅の方面へと急いだ。

    ーいた…!涼子だ。

    彼女の背中が見え、走って追いつこうとしたその時、ぴたりと足を止める。隣に誰かがいることに気づいたのだ。


    「え!男...?」

    つい、声が出てしまう。

    その男は、知っている顔だった。最近管理職として転職してきた山本孝太郎だ。

    確か42〜3歳くらいだったと思うが、オジサン感は皆無で、身につけているものもヘアスタイルも、全てがハイセンスでかっこいい。

    涼子を連れて歩く姿も、悔しいほど様になっている。それに二人は、ずいぶん親しげだった。

    ーまさか…。これってデート?

    目の前が真っ暗になり、動けなくなってしまった。

    最近微妙にギクシャクしていたことを思い出す。涼子が提示した結婚の条件を、曖昧にかわし続けてきたのだ。まさか愛想をつかされてしまったのだろうか。

    拓哉はしばらく立ち尽くした後、トボトボと歩き出し、やっとの思いで電車に乗った。だが居ても立っても居られず、涼子をLINEで問いただす。

    『拓哉:早く上がれたから、涼子を追いかけたら、男と歩いてた。隣にいたの山本部長でしょ。どういうこと?』

    『涼子:そうだよ!山本部長ってたまプラ在住なんだって。それで、たまたま帰りが一緒になったの。』

    『拓哉:そっか...』

    事情はわかった。しかし、二人の親しげな姿を思い出すと良い気はしない。

    自宅が近いらしいが、チームも別だし、これまで接点があるなんて聞いたことはなかった。帰宅ラッシュで混雑する電車内で、涼子が長時間、孝太郎と一緒にいる姿を想像する。

    拓哉の嫉妬心が、メラメラと燃え始めた。



    翌日、会社の休憩スペースで、孝太郎とバッタリ顔を合わせた。

    「お疲れさまです…」

    なんともいえない空気が流れる。すると沈黙を破ったのは、孝太郎だった。

    「斎藤くんって、安田さんと付き合ってるんだってね?」

    その無遠慮な問いに、思わずムッとした。しかも、孝太郎は妙に自信を帯びた表情を浮かべている。

    「山本部長。すみませんが、涼子…いや安田さんとは、先日婚約もしたばかりです。もし変に彼女を誘おうとか思っているなら、遠慮していただけますか」

    孝太郎は、顔色ひとつ変えず、オトナの余裕たっぷりで聞いていた。しかし途中から、口角が上がっていく。

    「ふっ、ははっ」

    ーなんで笑うんだよ...

    怪訝に思っていると、孝太郎は笑顔のまま言った。

    「斎藤くん、今度の日曜日は空いてる?良かったら、彼女と一緒に、僕の家に食事しに来ないかい?」

    唐突な誘いだが、一体どういうつもりなのか。自宅を見せて格の違いを見せつけようとか、そんな魂胆だろうか。

    ーこれって、宣戦布告...?

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