「女性にアプローチされたくないから、正式には離婚しなくてもかまわないって言ってたけど、意味不明だよ。そんなにアプローチが嫌なら、離婚した後も既婚者のフリを続ければいいじゃん」
「…たしかに」
友梨の指摘を受け、将人はハッとしたような顔をした。
「たしかに、尾形さんの言うとおりだね。気づかなかった」
「ウソでしょ?気づかなかったの?」
知的でクールなくせに、たまにピントのずれた天然発言をするところは、14年ぶりに再会した今も変わっていないようだ。友梨は苛立ちを通り越して、呆れて笑ってしまう。
すると、あらたまって将人は言った。
「でもね…。別居した妻は、“正式に離婚しましょう”とも、“ちゃんとやり直しましょう”とも、言ってこないんだよ」
「奥さんの意思を聞いてないの?」
「うん。別居した後は、聞いてないまま1年が過ぎた」
そんなこと信じられない。ありえない。友梨は思わず叫びそうになるが、グッと堪えた。
「最近になって思うんだよね。夫婦っていろんな形があるから、俺たち夫婦は今の状態がちょうどいいのかもしれないって」
達観したように将人は言った。
―大友君と奥さんの間に、何があったのだろうか。
真相を尋ねたくなったが、それも堪えた。
たしかに夫婦には様々な形があり、離婚にもそれぞれの理由がある。本人が率先して話さないのであれば、聞くものではない。友梨もまた離婚したからこそ、そう思う。
しかしそれでも、これだけは伝えておきたいと思い、口を開いた。
「どんな形があるにせよ、奥さんとコミュニケーションを取ってないのは、良くないと思うよ。結婚って他人と向き合うことだって思うし、せめて奥さんがどういう気持ちで別居を続けてるのか、それぐらいは聞いたほうがいいんじゃないかな?」
将人は静かに黙って聞いている。しかし、心に響いている様子はなかった。
将人は“結婚そのもの”に諦めや絶望があるのかもしれない、と思った。
これ以上結婚について話していても、価値観の相違で言い合いになるだけな気がして、友梨は話題を変えた。
将人も同じことを思っていたようで、二人はリモート同窓会で再会した同級生たちのことや、共通の趣味であるはずの絵画について語った。高校のころ、友梨と将人は同じ美術部に所属していた。
「最近も絵、描いてるの?」
「仕事が忙しくて、ほとんど描いてないな。でも美術館とかアート展はよく行くけどね」
「あ、それ私もだ」
すれ違う結婚観の話題を乗り越えてしまえば、友梨と将人は高校時代に戻ったように会話が弾んだ。
またこれからも、機会があれば“同級生”として食事や酒を共にしよう。そう約束をして将人と解散した。
友梨は家までの道を歩きながら、ぼんやりと考える。
もう二度と結婚したくないから、別居していても、正式には離婚していない…。わけのわからぬことを将人が言うものだから、思わずヒートアップしてしまった。
しかし、そのおかげで自覚したこともある。
―私って本当に、心の底から再婚したいんだ…。
3年前に離婚した時は、自分がふたたび結婚したいと思うなんて予想もしなかった。それほどまでに別れは辛かった。
もう一度、ゼロからすべてをやり直すなんて。考えただけでも途方に暮れた。でも、今の恋人である駿と出会った。
―駿と出会って、駿が相手だから、私は再婚したいと思えたんだ。
駿への想いを再確認できただけでも、将人と会話した意味があった。なんなら将人に感謝したい気持ちすらある。
家に帰ると、駿はソファで寝落ちしていた。
深い眠りの中のようだ。わずかにイビキをかいていて、友梨が帰ってきたことに気づいていない。目覚める気配はない。
東京と札幌を頻繁に行き来しながら、セレクトショップ2店舗とECショップを切り盛りしている駿は、こうしてベッドまで辿り着けずに寝てしまうことが多かった。
ただ、いつもと違うことが1点だけあった。
ノートパソコンが開きっ放しだったのだ。ケーブルも外れている。このまま朝を迎えれば電源が落ちてしまうだろう。作業中のファイルも、もしかすると…。
友梨は物音を立てないよう静かに移動し、ノートパソコンを手に取ると、コンセントケーブルを探した。
と、その時だった。
聞き慣れた機械音が鳴る。
パソコンでLINEを受信した時の音だった。
ほとんど条件反射的に友梨はパソコン画面を覗いてしまった。そこに罪の意識などない。
しかし、それが他人のスマホを盗み見るのと同じ大罪であることは、駿に届いたLINEのメッセージで思い知らされた。
『今日、彼女さんちじゃなくて、ウチに泊まらない?急に会いたくなっちゃった』
友梨はその瞬間、頭が真っ白になった。
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この記事へのコメント
なぜ将人は、同級生の男性達には早々に『離婚した』と触れ回っていたのだろう? まだ既婚なんだし別に誰にも何も言わなきゃいいのに。
結婚観は人それぞれ。異なる価値観の2人が今後どう関わるのかな。