時計じかけの女たち Vol.1

時計じかけの女たち:「会社辞める?それとも…」30歳の女が、生まれて初めてした衝動買いの内容

私は、青山一丁目にあるPR会社で働いている。新卒で入社して以来、ひたむきに業務をこなしてきた。

一見、華やかな仕事だが泥臭い作業が多く、調整業務は山のようにあり、終電まで残業することもしばしばある。

多くの人を巻き込むプロジェクトを進行させるには、四方八方に気を使わねばならず、無意識にも神経をすり減らす毎日だ。

そんな日々を何年もこなしているうちに、得るものよりも失うものに目が行くようになったのかもしれない。

これ以上、1人で考えていても仕方がない。そう思った私は、スマホを手に取るとメッセージを打ち始める。

『ランチいきませんか?聞いていただきたい話があります』

私は、新卒時代のチームの先輩2人にLINEを送り、ランチに誘った。昔はよくこのメンバーで女子会をしていたのだ。

昔からことあるごとに、数年先の人生を歩く先輩の姿に、自分の未来を重ねて想像してきた。

同じ会社の中でどんどん出世していく人や、転職して新しい世界に飛び立つ人、結婚や出産を機に仕事をセーブする人…。女には、様々なパターンの生き方がある。

先輩たちの背中を見つめながら、自分だったらこれは嫌とか、これは真似したいとか、そんな風に考えてしまう。


その週末、代官山『サンプリシテ』に集合した。「熟成魚」がウリで、魚介中心のフレンチが食べられるこの店は、私たちのお気に入りなのだ。

「華、久しぶりだね!いきなり会いたいだなんて、どうしたの?あ、ごめんね!座る前から本題を切り出しちゃった!」

昔から、変わっていない。エネルギーの塊みたいな陽子さん。

そのパワーとはかけ離れたような小柄で華奢なスタイルだが、彼女が来るだけでどんな場も明るくなる。

会社を4年前にやめてフリーランスとして活躍しているが、最近頻繁に活躍を耳にする。

「本当。そういうところ変わってなさすぎよ」とクスクス笑っているのは、エミさんだ。

社内1の美人として知られるエミさんは、出産を機に現場を離れて人事をしている。そのため関わりが薄くなってしまったが、現在も私と同じ会社に勤めているのだ。

注文を終え、私はさっそく話を切り出した。

「実は私、転職するか独立するかをずっと考えているんですが…。答えが出ないんです」

「なるほどね」

先輩ふたりの声が重なった。数秒の沈黙の後、最初に口を開いたのは、今も会社の先輩であるエミさんだった。

「辞めてほしくないな、私は。正直そこまで残ったら、社内だとそれなりに地位を築いているし。それを失ってまで挑戦することなのかな、って思うけど…

それに、企業勤めってやっぱりメリットが多いよ。逆にデメリットが見当たらないわ。手厚い福利厚生とかに救われているって感じること、歳重ねるごとに多くなるよ」

さすが、ひとつの会社に長く勤めているエミさんの言葉には頷いてしまった。実際、彼女の言うとおりだ。

社内である程度の地位を築いてしまったら、仕事がしやすい。これを一から他の場所でやり直す気力は正直ないし、会社員として生きてきて大きなデメリットを感じたこともない。

「ご意見、ありがとうございます」

一方で、それを遮るように陽子さんが続いた。

「うーん、独立は、迷っているならやめた方がいいよ。まあ、決めたいからこその迷いなのは分かるけど」

「…今のままの方が良いということですか?」

おそるおそる尋ねた私を、彼女はじっと見つめる。

「そう。だってうまくいくはずないから。」

厳しい言葉が、グサリと胸につきささった。しかし陽子さんは、容赦なく続ける。

「厳しいかもしれないけど、想像以上に苦難が多いよ。独立って甘くないの。だから、間髪あけずに会社辞めるくらいの勢いとエネルギーがないと、正直上手くいかないと思う。失うものがあるとか、そういう小利口な思考をしている人は、まず無理だね」

図星だ、と思った。図星すぎて、返す言葉が見つからない。

相談にのってくれたお礼を二人に伝えたものの、胸のあたりに何かがつかえたようなモヤモヤとした感情は、いまだに残ったままだ。

その後は他愛もない会話でランチタイムが終わり、じゃあまた、と別れようとしたとき、陽子さんが私を引き留めた。

「きついこと言ったけど、きっと華は決められたレールの上を外れることなく走ってきたんだよね。優等生すぎるのよ!たまには冒険も悪くないよ。…たとえば、衝動買いとかしたことないでしょ?」

そこまで言ったあとで、陽子さんは思いついたようにポン、と手を打った。

「そうだ、一度してみたら?衝動買い。自分の想定外なことをしてみるの。そのときの感情に身を任せて、何かを決めてみなよ?」

確かにそうかもしれない。私は今まで、一度だって人生の“冒険”をしたことがない。

陽子さんから「優等生」と言われた瞬間、私の頭をよぎったのは、後輩からかけられた「サラリーマンの鏡みたいだ」という皮肉めいた言葉だった。

この記事へのコメント

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No Name
サラリーマンの鏡→鑑、でしょー。あと、この時計はカジュアル過ぎるのでまさかフォーマルには向かないと思いますが。
2020/08/02 07:1596返信4件
No Name
J12ってシャネルのエレガンスをあまり感じない。シャネルの服とあまり合わないような。
プルミエールのほうが好きかな。
2020/08/02 06:2765返信3件
No Name
CHANELのJ12憧れ!
一生モノの時計を探している最中だからこの連載楽しみ♡
2020/08/02 05:3432
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