年下男の甘い誘惑に溺れかけて…。35歳の寂しい女を刺激した「魅惑のジントニック」(3/3)[東京カレンダー

出会いのジントニック

「何になさいますか？」

カウンター席に座ると、バーテンダーから優しい笑顔で話しかけられ、思わずドギマギしてしまう。

—寂しい女って思われていないかな。そもそも女性が、こんな時間にバーに独りで来ること自体、変だったりしないよね？

つい体裁が気になってしまい、あれこれ考える。だが、そんな本心とは裏腹に、私の口からは思いがけない言葉が出ていた。

「フ、フレンチコネクションを下さい！！」

フレンチコネクション。それは、ブランデーとアマレットから作られるカクテルである。

本当は、そんなオトナっぽいお酒は自分では飲んだこともない。

けれどもこのバーに初めて来た時、恭平はこのフレンチコネクションを飲んでいた。そして一口欲しいとせがむ私に、“佳奈にはちょっとキツイかもよ”と言って微笑んだのだ。

「ひゃぁ…」

カラン、と氷の音がする。

そして口の中で、強烈な甘みのアマレットとブランデーの濃厚な香りが入り混じった。この独特な味は、やっぱり私にはまだ早かったのかもしれない。

だけど今日は、こんなオトナっぽいおしゃれなお酒で自分を武装したい気分だった。

—強くて、たくましい女。

アマレットの甘みがすっと体内に染み込んでいくたびに、今日、人から散々言われた言葉が頭の中をよぎる。

いつから、私は強い女になっていたのだろうか。

前はもっと人に頼ることもできたし、恭平にも甘えられていた。でもいつしか人に甘えることもできなくなり、強さばかりが身についていた。

「恭平も、こんな女より可愛い子の方がいいに決まってるよね…」

10歳も年下の後輩と浮気され、そして乗り換えられたという事実。

この現実を私はまだ受け止められず、ヒリヒリと痛む胸のうちを隠しながら、飲み慣れないカクテルを再び口に運ぼうとした、その時だった。

「そのお酒の名前、映画が由来だってこと知ってます？」

声の方を見ると、椅子1脚分離れて座っている、物腰の柔らかそうな男性がいる。年齢はきっと20代後半だろう。

「え？私のお酒のことですか？」
「そうそう。さっきから、難しい顔をして一生懸命飲んでいるから」

笑うと顔がくしゃっとなる。爽やかで、しかも女心をくすぐる顔立ちだ。そんな彼の笑顔に、心を一瞬掴まれかけた。

「意地なんて張らずに、自分が好きなお酒を飲めばいいのに」

見ず知らずの男の人に諭され、恥ずかしくなって下を向いた。

全部、バレていたのだ。無理に頑張って、カッコイイ女を演じようとしていたことを。

「2杯目も同じものを…。ううん、やっぱりジントニックを下さい」

フレンチコネクションを飲み終えた私は、素直に、自分が今一番飲みたいお酒を選んだ。

「お姉さん、お名前はなんて言うんですか？」
「佳奈です」
「へえ…僕は賢人です。佳奈さん。ジントニックの方が、似合うよ」

くすっと笑うと「じゃあ、また」とだけ言い残し、賢人は帰って行った。

一人カウンターに残された私は、その香りを確かめるように、グラスに口をつけてみる。

ジュニパーベリーの苦味と、トニックウォーターの甘味、弾けるような炭酸のシャープさ。そしてライムの酸味が口の中で広がっていく。アンバランスなように見えて、完璧な調和だ。

すると不思議なことに、さっきまで胸の中にあった痛みとヒリつきが、ジントニックの爽やかな味わいとともに薄れていく気がした。

—彼は一体、何者なんだろう…？それにしても、ひとりで飲むのも悪くないな。

私は思わず笑顔になって、ちょっぴり甘酸っぱいジントニックを飲み干した。

【今週の婚活ひとり酒】
店名：『Pitfall』
ドリンク：フレンチコネクション／ジントニック

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