2019.12.14
【大ヒット御礼】煮沸 第二章 Vol.5【第二章 これまでのあらすじ】
重度の多重人格障害を持つ連続殺人犯として、収監された橋上恵一。
刑法39条による心身喪失での減刑が予想される中、捜査官の工藤は ”殺人罪時効廃止” の法律を突き、回復期にあった ”まともな頃の恵一の犯罪” を追いかけ、予想通り殺人の痕跡を発見する。
これで恵一を死罪に持ち込めると考えた工藤であったが、恵一は工藤にある独白をする。
それは、「当時も多重人格は治っておらず、扶養者であった叔父・和明が、狂暴な君江人格を操り、自分に殺人をさせた」というものであった。
一方、保身のため絶対に極刑にしたい警察上層部の黒岩警視は、捜査とは関係なく、精神鑑定医の井口に『恵一に異常性はなく、刑事責任能力あり』の鑑定を出すよう、名誉教授就任の妨害をネタに脅迫。井口もそれに応えてしまう。
恵一が「正常な精神状態の殺人者」であることを証明する謀略をめぐらす黒岩と井口。
井口は恵一との面会時に、死の危険を感じさせることで守護人格の大輔を呼び起こし、わざと自分に暴行をさせて重傷を負う。
そして黒岩はそれを「正式な鑑定中の恵一人格そのものの仕業」であると、嘘の情報をマスコミに発表する。
恵一の極刑網が狭まる中、捜査を進める工藤は「叔父・和明が恵一を操っていた」証拠となりうる、恵一の供述通りの死体を発見する。そして、その死体は工藤のよく知る人物のものであった。
警察の思惑に反し、恵一人格での犯行は、実際には無いことを確信し始めた工藤は…
◆BAR
湿気た暗いバーの奥に、1つだけあるテーブル席で、男が向かい合う。
「…助かった」
工藤が調査報告書をスーツのポケットにいれ、目の前に座る男に封筒を渡す。
男は香典のように、中身を丁寧に確認する。
「結局、和明に保険金はおりてないですね。まあ、死体がないんじゃ払いようがないんで。
単なる行方不明じゃ『普通失踪』扱いですから、おりるまで7年かかります。しかも、その間ずっと保険金を払い続けなきゃいけない。
この時から、支払いは止まっています。誰かを殺してまで金が欲しいやつは、金が今以上に減ることは絶対にしません。
よくあるパターンですよ。…”失敗”ってやつです」
「失敗に付き合わされて死ぬ相手ってのも大概だな」
「まあ、死ぬ値段がゼロだったってことですからね」
「そうか?お前が儲かっただろ?」
-裏調。
保険調査員崩れというのが、この世界にはいる。
保険会社が、自社の社員や警察を通したくない事件性のある案件を調べる際に使う闇稼業。
この現代で、ディスクに管理されないデータというのは、しかし確実に存在する。
「証拠、要ります?」
「いや、いい。使えん」
工藤がコートをもって、立ち上がる。
「ご馳走さんです、工藤さん」
「…なあ、成沢。一つサービスしてくれるか?裏調の経験から聞きたい」
「いいですよ、簡単なやつなら」
「”失敗”したやつは、その後どうなる?」
「ああ、それは相場が決まってます」
「…なんだ?」
「今よく言われてるやつですよ。 ”それが大事だ” って、ハハハ」
「…言え」
「セカンドチャンスです。次いくんですよ、次。だんだん賢くなりますから、あいつら」
「学習するってことか」
「凄い奴なんて、”おたくを狙わない分金寄こせ” って揺すってきますからね。そのレベルにやられたら、絶対払わざるを得ないんです。だから、それより低く、先に金払うんですよ。”お布施”って言うんです。信じられないでしょ?
だから、どこかで捕まってるか、あるいは神様レベルになってるかです」
◆警視庁 刑事部
「そっちの線はどうだ、工藤」
消え入るような声で黒岩が聞く。
「…特に何も出ませんでした。申し訳ありません」
黒岩が工藤をじっと見つめる。
「そうか。お前も、もう閉じろ」
「…はい」
「なあ工藤。あの井口先生っての、なかなかだぞ。今じゃ、世間も英雄扱いだ」
「…ご褒美は?」
黒岩が写真を机の上に置く。
「真ん中のちっこいの。梶原ってジジイだ。落とせ」
「…誰ですか?」
「井口の名誉教授推薦に反対してるそうだ。何も出なければ、スケ嵌めして構わん。この手のツラは、乗る」
黒岩がメモを渡す。
「ここが定宿だ。最悪、ポンプしていい」
「承知しました」
黒岩がネクタイを緩め、レコーダーを差し出す。
工藤は無言でそれをコートにしまう。
「あとお前、橋上に会ってそれ聞かせてこい。加工した井口と橋上の会話だ。”全部自分です”って認めれば、環境改善してやるって。裁判長引かせてやるとか、なんか色々あるだろ。
また”僕じゃない”なんて言いだすと面倒だからな。念のため録ってこい」
「取引するんですか?」
「するわけないだろ。殺す」
「…承知しました」
「…なあ工藤」
「はい」
「糞みたいな世界だよなぁ、全く」.....
ただし、犬死しようとはしていない。妹の待つ天国にいけないとはわかりつつ、そのわずかな望みにかけて、関係者と刺し違えようとしている。。
彼もまた、煮沸った男の一人。
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