「いいわ。婚前契約書、作りましょう」
2週間ぶりに訪ねた明久のマンションで、私がニッコリ笑いかけると、彼はわかりやすく目を見開いて驚いていた。
「い、いいのか?」
まだどこか半信半疑の様子で、明久はただオロオロとしている。
「じゃあ早速、相談の予約入れるね?」
呆然としたままの彼にそう声をかけると、私はすぐさま、先日のテレビ番組に登場していた『春田法律事務所』に電話をかけた。
六本木にある『春田法律事務所』の相談室で、私は明久とともに改めて背筋を正した。
私たち二人のために作られた婚前契約書を前にして、「私たちは結婚して、妻と夫になるんだ」という責任感が湧いてくる。
一文一文にゆっくり目を通し二人でサインをすると、漠然と胸の中にあった不安や懸念が一切消え、強固な夫婦関係を築くための心強い武器を手にいれた気さえする。
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婚 前 契 約 書
夫となる東條明久(以下「甲」という。)及び妻となる辻本絵麻(以下「乙」という。)は、以下のとおり合意し、これを証するために本契約書を作成した。
第1条(目的)
本契約書は、夫婦生活を一層充実したものとして婚姻関係を永続させることを目的とするとともに、万が一離婚するときには、争いが長期化することを避け、夫婦が速やかに各自の新しい人生に踏み出せるよう離婚時の条件を定めることを目的とするものである。
第2条(家事・育児の対価)
婚姻後に乙が家事専業となったときは、甲は、毎月の手取収入の20%(乙が出産したときは30%)を乙に支払う。
第3条(財産分与)
甲と乙が離婚するときは、甲の経営する会社の株式(婚姻後の価値の増加分を含む。)は財産分与の対象としない。
第4条(離婚後扶助)
離婚した日の属する月の翌月から12か月間、毎月末日限り、甲は、乙に対し、その経済的自立を支援するために、毎月の手取収入の20%を支払う。
以上
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「絵麻。これから人生のパートナーとして、末永くよろしく」
事務所を出たところで、明久がこちらに向き直り、そっと右手を差し出した。私も彼の手をとると、力一杯握りしめた。
「こちらこそ。絶対に、幸せになろうね」
これから、私たちは夫婦になる。
明久が「婚前契約書」のワードを持ち出した時、最初はありえないと思ったが、今となってはむしろ彼の提案に感謝したいくらいだ。
明久のほうも、私の選択を心の底から喜んでいるように見えた。
「絵麻、本当にありがとう。これからは、今まで以上に仕事を頑張れそうな気がする。それにもし絵麻が今の仕事をやめても、家事や育児にやりがいを感じてくれたら、すごく嬉しい」
こうしてお互いに、恋人の延長という感覚だった結婚に責任感が芽生え、より一層、二人の絆が深まった気がする。
「それじゃあ…このまま、式場見学にでも行っちゃう?」
私がテンション高く提案すると、明久も「ああ、そうするか」と笑う。
そして私たちは、自然にお互いの手を握り、柔らかな光が差す方へと歩き出した。
Fin.
幸せな結婚に向けて歩みだした明久と絵麻。二人が婚前契約の相談に訪れた『春田法律事務所』はこちらから。