
煮沸 第二章:遭遇
◆研究室
暖房を入れ始めた研究室の室温計が、23℃を示す。
工藤と会ってから、常に消えない違和感。
彼との会話を、井口は頭の中で反芻した。
(-私はね、頭の出来がイマイチなもんで、見えるものしか理解できないんですよ…)
…何かがひっかかる。
井口は窓の外を見る。
剥き出しの街路樹。厚手のコートを羽織る学生。夏よりも低く澄んだ空。
外はすっかり冬景色だ。
ー冬。
十分な暖かさの部屋で、井口が僅かな悪寒を感じる。
ー・・・冬?
ーなんで、私は「冬」になったことを理解できた?
井口が室温計を見る。
ー感じたんじゃない。
(ー剥き出しの街路樹。厚手のコートを羽織る学生‥‥)
ー「見た」んだ。冬の景色を。目で。
井口が、芋虫のように本が陳列された本棚に駆け寄る。
古びた法医学概論を棚から取り出す。
ページをめくる。
ーあった。
『【三徴候説】さんちょうこうせつ ▼
「死」についての明確な定義は、日本の法律には存在していない。法医学の学説として、以下3つの徴候をもって死を認識するという見解である。
「瞳孔拡散(対光反射の消失)」
「呼吸の不可逆的停止」
「心臓の不可逆的停止」
以上をもって、死亡したものとする考えである』
ー死は、目に見える。
井口は、自分が工藤に言った言葉を思い出す。
(-大輔は君江の喉にスプーンの柄を突き刺して殺害した…)
(-実行犯ともいうべき大輔人格も、君江人格の殺害とともに消えている…)
見解が過ぎる。
彼らの瞳孔は?心臓は?呼吸は?
…何も見ていない。いや、見えない。
そもそも彼らは、”死にようがない”のだ。
ー消えただけだ。死んでいない。恵一が生きている限り、死ねない。
工藤。あの男。
(ー”寝た子を起こせ”って言ってね…)
疑っていたのだ。恵一が取り込んだ人格たちが死んだことを。
いや、正確には、理解しようとしなかった。
ー類は友を呼ぶ
工藤を、”表の顔”で判断してはいけない。
そして、工藤は。
起こしに行ったのだ。
恵一の中の人格は、かならず恵一に危険が迫ると現れる。
では、工藤に起こされたのは、
…いったい誰だ?
煮沸第二章 第一話
完
この記事へのコメント
工藤、かっこよすぎる!!!
最近東カレご無沙汰しておりましたが、これを読むために戻って参りました。
続きありがとうございます!!!