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週が明け、この日は経営者の先輩である小泉賢治との会食だった。
「賢治さん、お久しぶりです」
賢治は、仕事だけでなくプライベートの相談もできる、洋介にとっては貴重な存在だ。創業当時からの仲で、今日は香織も同行している。
「なかなか都合がつかず、悪かったね」
まぶしいほど爽やかな笑顔で登場した賢治の姿に、思わず目を見張る。
―あれ。賢治さん、何か変わったのか…?
最近の賢治はとにかく多忙で、ランチの調整も大変だったらしい。だがそんな激務の中でも、疲れなど一切感じられず、むしろ男っぷりが上がっているようだ。
そう感じたのは、洋介だけではなかったらしい。
「賢治さん、お久しぶりです。少し雰囲気変わりました…?」
その香織の声が、少しトーンが高いように感じ、洋介は思いがけずソワソワしてしまった。
「最近、食事に気をつけてるんだよ」
―やっぱり食事か…。
仕事にストイックな賢治は、食事管理も相当厳しくやっているのだろうと想像する。
「それじゃ乾杯しようか。久しぶりだし、シャンパンでも」
「乾杯!」
食事がスタートし、思わず賢治の食事の様子に視線がいく。
まず始めにサラダからスタートし、その後、メインディッシュを口にしている。ゆっくりとしたペースで食事を楽しみながら、所作も美しいその様子は、まさに余裕のある男だ。
すると途中、賢治が水に何かを入れているのが目に入った。
「賢治さん、何を入れてるんですか?」
「これ、他の経営者仲間に勧められたんだよ」
聞くところによると、賢治が水に入れているのは『賢者の食卓』というもので、食事のときに一緒に飲むと食後の血糖値や血中中性脂肪の上昇を穏やかにしてくれるらしい。
「どうしても会食とか多くなるだろう。外食が続くと食事の管理が難しいから、毎食飲んでいるんだ」
すると香織は興味津々という様子で、『賢者の食卓』を見ている。
「これポーチに入れて持ち運べるから外食にも便利ですね。私も摂り始めようかな」
香織は早速、手帳にメモしていた。
「もうこの年だから、妻が僕の健康を心配するんだ。ちょっとお腹が出るとうるさく言われるし。まぁ1人じゃなかなか管理できないから、こういうとき結婚も良いもんだなって思うよ」
賢治が少し照れ臭そうに笑うと、香織が「羨ましい」とつぶやいた後に続けた。
「でも、賢治さんとか社長みたいな人に囲まれてるとどんどん理想が高くなっちゃって…。私、大丈夫かなあ」
香織はどうやら自分のことを悪くは思っていないようだ。その言葉を聞きほっと胸をなでおろす。
―あれ、俺何でこんな安心してるんだ…?
久しぶりの感覚に、洋介は戸惑うのだった。