病める時も、ふくよかなる時も Vol.5

「今更奥さんとなんて、勘弁してよ」暴言に傷つく人妻を救った、若い男の行動とは

美月の顔をまじまじと見つめていた甲斐は、突然ハッと何かに気がついたように背筋を伸ばした。

「美月さんさ…もしかして、土曜の夜に恵比寿の『kintan』によく来たりしません?」

「あ、はい。土曜は隔週で友達と通ってました。最近はちょっと控えてるんですけど…」

それを聞いた甲斐は嬉しそうに、座っていたオフィスチェアごとくるりと1回転する。

「やっぱり!俺、土曜はよくここのジムに入るから、その前によく焼肉行くんですよ。美月さん、多分何回か見かけてる。すげー美味そうに食べる人がいるなぁって印象に残ってたんだけど、今焼き鳥食べてる顔見て完全に思い出した」

難問を解いたかのようにスッキリした顔で笑う甲斐だったが、はた、と椅子の回転を止めると美月に問いかけた。

「でも、なんで控えてるんですか?焼肉」

美月は、手に持っていた5本目の焼き鳥を口に入れる寸前で止めた。2週間前に桐乃に「食べ過ぎ」と言われたことを急に思い出したのだ。

「私、今ダイエット中で…。お肉とかお菓子とか、太りそうなものは避けてるんです。だから…」

焼き鳥で復活していた美月の気分はみるみる落ち込んでいく。

結局今日は、昼にはラーメンを。今は夜の8時過ぎだというのに、焼き鳥を4本も食べてしまったのだ。

意志を貫くことができない自分に、ほとほと嫌気がさす。だがそんな美月を見て甲斐は、キョトンとしながら言い放つのだった。

「ダイエット中なのに肉控えてるってこと?逆でしょ逆。タンパク質はなるべくとらないと。お菓子はまあ、やめたほうがいいかもだけど」

「え?そうなんですか?」

だが、美月が詳しく話を聞こうとしたその時。

カーテンを一枚隔てたジムの方から、男性3人が激しく盛り上がっている大声が響き渡った。


「いや〜、佐々木さん。それは鬼畜っすよ!」

「ヤバいって、もうそれ浮気じゃなくて本気じゃない。奥さん可哀想だよ〜」

どうやら、先ほど壁の高いところから飛び降りてきた佐々木という男が、女遊びの武勇伝を披露しているらしい。

なるべく聞かないでおこう…。そう思った美月は、すぐに甲斐との会話に戻ろうとする。

だが次の瞬間、佐々木がヘラヘラと言い放った言葉によって、美月の体は氷のように冷たく凍てついてしまったのだった。

「だってさぁ、今更奥さんとは無理でしょ!奥さんは家族だよ?家族!家族とセックスなんて勘弁してよ〜」

佐々木の下劣な発言に、またしても爆笑が巻き起こる。男性3人が大声で猥談にふける声は、美月の頭の中である種の暴力のようにガンガンと鳴り響いた。

食欲が再び失われていく。

美月は1本だけ残した焼き鳥を箱にそっとしまうと、気を取り直し、俯いていた顔を上げて甲斐に話しかけた。

「なんか、すごい話してますね…」

だが気がつけば、甲斐の姿はそこにはない。あれ?と思ったその矢先。揺れるカーテンの向こうから甲斐の冷たい声が聞こえた。

「すいません。そういう話、ジムでするのやめてもらっていいですか?正直、聞かされる側はめちゃくちゃ不快なんで」

ジム内に広がる、水を打ったような静寂。

「ご、ごめんごめん。そんなに怒らないでよ甲斐くん。気をつけるからさ…」

佐々木の弱腰な返事に、「はい。よろしくです」という甲斐の声が返される。そして、少しの間をおいて勢いよくカーテンが開かれた。

「まったく、女の子もいるのにあんな話…。すいません。悪い人たちじゃないんだけど」

そう小さな声で呟きながら、甲斐は再び椅子に腰を下ろす。だが、美月の顔を見るなり、甲斐は驚愕の表情を浮かべるのだった。

「ちょっと、どうしました!?」

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