“結婚なんて人生の墓場だからさ―”
男たちは、しばしそう語る。
だがその言葉とは裏腹に、彼らの顔には満足気な表情が浮かんでいるものだ。
そう、彼らが伝えたいのは、“結婚を後悔している俺”ではなく“結婚というライフイベントを経験した俺”。
その真実に辿り着いた(真実だと思い込んだ)、一人のハイスペック理系男子・紺野優作28歳。
ハイスペック揃いの仲間内で“平均以上”を死守することを至上命題としてきた優作は、そのポジションを維持するため、今、次のステージへ立ち上がることを決意する―。
「へぇ、そうなんですかぁ」
―はい、これで13回目。
僕はビールを飲みながら、相づちの回数をカウントしていた。これは会話が劇的につまらないときの僕のクセ。
さっきから大学のゼミのOBで、ロボット界では名の通る都築さんが結婚生活について熱く語っている。
ロボットへの情熱において意気投合した僕らは、たまにロボット会談なるものを催していたのだが、あるとき彼に彼女(現在の嫁)ができてから、会話の中身がだんだんとおかしな方向へ進み始めた。
僕は40過ぎのおっさんの恋愛相談、そして彼が結婚してからは結婚生活の相談に乗る羽目になってしまったのだ。
「なんで彼女は怒ってんのかな?」「こうしたら喜ぶかな?」エトセトラ…。
彼の相談内容を分析した結果、99%が感情に関する質問だ。これまでロボットに向き合いすぎて、感情というものに触れてこなかった結果なのかもしれない。
(よくSF映画なんかでロボットが感情を持ち始める描写があるが、あんなのはあり得ない。だいたいどうやって感情をプログラミングするというのだ…)
恋は盲目とはいうが、都築さんの場合、人間回帰といったところか。しかしまったく、女も男も1人の人間の一挙手一投足に振り回されすぎなのだ。
僕だって人並みに恋愛経験はあるものの、その世界に足を踏み入れる原動力となったのは、“平均以上をキープする”という自分との約束があってこそ。
間違っても恋に“落ちる”なんてことはない。ましてや結婚して女性の感情に振り回されるのなんて、まっぴらごめんだ。
しかし周囲を観察すると、偏差値70を超える聡明な男たちでさえ至る所の落とし穴に落ちまくっては派手に骨折しているのだから、僕は首をひねらずにはいられないのだ。
この記事へのコメント
主人公も高偏差値の男子校病な感じよく出てる!笑
なんだか親近感の持てる連載で楽しみです!