ホテルからほど近いレストランは、平日の夜にも関わらず賑わいを見せている。
「夫に一緒に付いてきてもらうのが無理なら、一人で単身赴任したらいいじゃん。俺みたいにさ。それに、前々から中東には興味あるって言ってたじゃねーか」
テーブルの向かいでマカビー・ビールを手にしているのは、会社の先輩・田中だ。
美希子が入社した時から何かと縁があり、世話を焼いてくれている田中は2年ほど前からイスラエルに赴任している。
「そんな簡単な問題じゃないんですよ。それに、先輩はもう単身赴任じゃないですよね?…離婚しちゃったんだから」
それを言うなよと、田中はビールを豪快に飲み干した。それにつられるように、美希子もグラスを一気に空ける。
「わかってますよ。なんだかんだ言っても、私はこの話を受けるつもりですから。…でも、何にせよ、夫にこれ以上ワガママ言っていいのかなって、それを悩んでるんです!」
美希子は、酒癖がいい方ではない。それをよく知る田中は、また始まったとばかりに、呆れ顔で話に耳を傾ける。
「私、夫の夢を、どうしても叶えてあげられないんです。…どうしても…」
1ヶ月前、美希子はハワイを訪れていた。裕介の姪・早紀が結婚式を挙げるというので、一族総出での大旅行だった。
「早紀ももう25歳か。…あっという間だなあ」
裕介はその姉とは、年齢が16歳も離れている。姉が早くに産んだ娘ということもあり、姪というよりも妹のような感覚らしい。
青空の下で幸せそうに微笑む姪を見て感極まったのか、はたまた祝杯に酔ったのか、式典が終わった瞬間、裕介は目を真っ赤にさせたままトイレへ駆け込んでいった。
「裕介も、今年で34だっけ?相変わらず涙腺ゆるいのねぇ」
笑いながら話しかけてきたのは、裕介の姉・有紀だ。
「美希子さん、忙しいのに申し訳なかったわね。早紀が、ハワイで式を挙げるのが夢だなんて言うものだから、親として叶えてやりたくて。…あら?あれ、裕介じゃない?」
有紀の示す方を見ると、中庭の先で裕介が子供達に囲まれている。何を言われているのかはわからないが、裕介は困ったように笑いながら、一緒に遊んでいるように見える。
「裕介って、昔からやたら子供に好かれるのよ。あの子自身も子供好きだったし、父親になるのが夢だ、なんて言ってたのに。今じゃ子供は必要ないなんて…人って変わるものね」
この記事へのコメント
今の時代女性の海外転勤に夫の帯同もアリですよね!?
実現するかはわかりませんが、諦めずに話し合ってみたいと思います。