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自宅に戻り部屋着に着替えた沙織は、オフィスで雅也から手渡された紙袋を眺めていた。
―差し入れもらうほど、切羽詰まって見えたのかな…。
雅也はチームをよく見ている。沙織の事はもちろん、菜穂子やほかのメンバーの事も。彼の方がこのプロジェクトのリーダーになるべきだったのではないかと思ったのは、一度や二度ではない。
悔しいやら、情けないやら。複雑な感情に押しつぶされそうになりながら、沙織はその包みの中を確認する。
その中には『休足時間』が入っていた。シートを1枚取り出してみると、ふんわりとハーブの香りが鼻腔をくすぐる。
―あ、この香りすごく好き
試しに『休足時間』をパッケージに書いてある通り、ふくらはぎに貼り付けてみると、ひんやりとしたジェルシートの感触が心地よく足全体を包み込む。
ジメジメした今の季節にぴったりだ。
沙織は、ここしばらく続いていた緊張感が、少しずつほぐれていくのを実感するのだった。
―そっか、今日ずっと外出してたから…
足を包み込む心地よい感触と香りに浸りながら、ふと今日の事を思い出す。
菜穂子がミスを告白した時、口には出さなかったが、沙織はかなり威圧的な態度をとってしまった。
仕事の結果だけを求め続け、結局自分の昇進の事しか頭になかったのだ。
チームで仕事をしなくてはいけないのに、自分のペースで仕事ができないことに苛立った挙句、メンバーに厳しくすることがマネジメントだと勘違いしていた。
フォローしているつもりが、逆に菜穂子を追い詰めていたのかもしれない。
「私が、間違ってたのかも…」
それに、気付かせてくれた雅也にもお礼を言わなくては。「信頼を得るためには、まず相手を信頼する」そんな単純な事を、彼は教えてくれたのだ。
一日中ヒールで歩き回った沙織に選んだ差し入れは完ぺきと言っても良かった。雅也のさりげない気遣いや、フォローの言葉。どれも今の沙織に一番必要なものだったのだ。
そんな雅也を少しくらい見習うべきなのかもしれない。
―明日、菜穂子とちゃんと話してみよう…
今まで誰に何を言われても、頑なに自分のやり方を貫いてきたけれど、立場が変わった今、それは通用しないのだと思い知った。
ふとパッケージの裏側を見ると、そこには走り書きのメッセージが書かれていた。
“無理すんな”
『休足時間』を差し入れてくれた雅也の優しさのおかげで心までほぐされた沙織が、足の裏にも、もう一枚貼ってから眠ろうとした、その時だった。
携帯電話がけたたましく鳴り響く。
ディスプレイには雅也の名前が表示されていて、思わず心臓が跳ね上がる。タイミングの良さに、ドキドキしながら電話にでると、雅也は深刻な声で沙織に話しかけるのだった。
「イベントで使う物販の入稿データ間違っていたらしい。納品物が全然違うって、クライアントから問い合わせが来てるんだ。」
その言葉をきいた沙織は、全身から血の気が引いていくのがわかった。
「それって…、菜穂子に任せていた件じゃない…」
▶Next:7月5日 金曜公開予定
次々と襲い掛かるトラブル、後輩との仲は改善できるのか!?
<衣装協力>
P1/白バックレースニット¥20,000 タイトスカート¥18,000/ともにソブ(フィルム) キャンバスバッグ¥22,000/ダブルスタンダードクロージング(フィルム) イヤリング¥5,500/アビステ 赤エナメルパンプス¥14,500/ダイアナ(ダイアナ 銀座本店)P2/ライトブルーニットカーディガン¥16,000 ネイビーワンピース¥30,000/ともにソブ(フィルム) フープイヤリング¥3,650/JUICY ROCK 腕時計¥12,000/アビステ 黒パンプス/スタイリスト私物 P3/シャツ、キャミソール、ショートパンツ/スタイリスト私物