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  • ハイヒールの戦士 Vol.1

    ハイヒールの戦士:「部下に、信頼されない」。27歳の女が、初めて直面したキャリアの壁とは

    ―正直…、これなら一人でやった方が早いわ。

    そんな思いをグッとこらえ、リーダーとして努力しているつもりだった。

    このプロジェクトを成功させれば、もっと上に行ける。そのためには、どんな些細なほころびにも目を光らせておかなければならない。

    しかし、沙織がいくら仕事に情熱を注いでも、その想いがチームメンバーに届く気配はない。むしろ、不穏でギスギスした雰囲気に包まれている。

    それが沙織を余計に苛立たせるのだ。

    今日もまた、訪問先のオフィスビルについた途端、真っ青な顔でこちらをみつめる菜穂子に不安しか感じなかった。

    「先輩、すみません。数字、直してない方のデータが記載された資料を持ってきてしまって…」

    「え、嘘でしょう!?」

    菜穂子の告白に、全身が凍り付く。

    一体どうしてこんな凡ミスばかりを繰り返す菜穂子が、月間MVPを受賞したというのだ。

    沙織は、喉の奥まで出かかっていた厳しい言葉を飲み込んだが、代わりに口から出るのは深いため息だった。

    「すぐに差し替えて、そこのコンビニで印刷するわよ!」

    こうして、簡単な仕事さえも思うとおりには行かない。

    ―何がどうなってるのよ…。

    夜、オフィスに戻るころには、愛用しているハイヒールが容赦なく足を痛めつけていることに気付くのだった。


    菜穂子は自分自身のミスに動揺しているようだった。そんな彼女をフォローするため、ずっと駆け回っていた沙織。そのせいで、履きなれているはずのハイヒールは凶器に変貌していた。

    「痛ったぁ…」

    靴擦れこそしなかったものの、ふくらはぎはパンパンだし、足の甲までむくんでいる。一度オフィスチェアに腰かけてしまえば、立ち上がることさえできない。

    ようやく明日締め切りの仕事を仕上げた沙織は、背伸びをする。そしてやっとの思いで帰り支度を終え、むくみきった足で席を立とうとしたその時だった。

    沙織はある男に声をかけられる。

    「深山、大丈夫か?」

    驚いて振り向くと、今回のプロジェクトに同じくアサインされた同期の中尾雅也が、心配そうにこちらを見つめていた。

    「ちょっとね。1日中、都内を走り回ってたから…」

    薄暗いオフィスに、気付けば二人きりになっていた。とっくに定時は過ぎている。

    気まずい空気が二人の間に流れた。彼もまた、チーム内に漂う不和を感じ取っているに違いない。

    その証拠に、雅也はほんの少しも視線をずらそうとしないのだ。なにか言いたい事でもあるかのように、沙織を見つめ続けている。

    「なあ、深山。最近ちょっと、根詰めすぎじゃないか?…みんな、心配してるぞ。」

    意外な言葉をかけられ、思考が停止してしまった。

    「う、うん。ちょっとトラブルが多くて、リカバリーに時間かかっちゃって…。」

    なんとか言葉をひねり出した沙織に、雅也は諭すように話をつづけた。

    「もっと、チームの事信頼してくれよ。お前だけのプロジェクトじゃないんだから。」

    「え?」

    「それに、リカバリーっていうけど、お前ひとりでカバーしようとするなよ。今のままじゃ、どんなにいい仕事をしてもチームに信頼されないぞ。」

    そして、雅也はあるものを沙織に差し出したのだった。

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