―正直…、これなら一人でやった方が早いわ。
そんな思いをグッとこらえ、リーダーとして努力しているつもりだった。
このプロジェクトを成功させれば、もっと上に行ける。そのためには、どんな些細なほころびにも目を光らせておかなければならない。
しかし、沙織がいくら仕事に情熱を注いでも、その想いがチームメンバーに届く気配はない。むしろ、不穏でギスギスした雰囲気に包まれている。
それが沙織を余計に苛立たせるのだ。
今日もまた、訪問先のオフィスビルについた途端、真っ青な顔でこちらをみつめる菜穂子に不安しか感じなかった。
「先輩、すみません。数字、直してない方のデータが記載された資料を持ってきてしまって…」
「え、嘘でしょう!?」
菜穂子の告白に、全身が凍り付く。
一体どうしてこんな凡ミスばかりを繰り返す菜穂子が、月間MVPを受賞したというのだ。
沙織は、喉の奥まで出かかっていた厳しい言葉を飲み込んだが、代わりに口から出るのは深いため息だった。
「すぐに差し替えて、そこのコンビニで印刷するわよ!」
こうして、簡単な仕事さえも思うとおりには行かない。
―何がどうなってるのよ…。
夜、オフィスに戻るころには、愛用しているハイヒールが容赦なく足を痛めつけていることに気付くのだった。
菜穂子は自分自身のミスに動揺しているようだった。そんな彼女をフォローするため、ずっと駆け回っていた沙織。そのせいで、履きなれているはずのハイヒールは凶器に変貌していた。
「痛ったぁ…」
靴擦れこそしなかったものの、ふくらはぎはパンパンだし、足の甲までむくんでいる。一度オフィスチェアに腰かけてしまえば、立ち上がることさえできない。
ようやく明日締め切りの仕事を仕上げた沙織は、背伸びをする。そしてやっとの思いで帰り支度を終え、むくみきった足で席を立とうとしたその時だった。
沙織はある男に声をかけられる。
「深山、大丈夫か?」
驚いて振り向くと、今回のプロジェクトに同じくアサインされた同期の中尾雅也が、心配そうにこちらを見つめていた。
「ちょっとね。1日中、都内を走り回ってたから…」
薄暗いオフィスに、気付けば二人きりになっていた。とっくに定時は過ぎている。
気まずい空気が二人の間に流れた。彼もまた、チーム内に漂う不和を感じ取っているに違いない。
その証拠に、雅也はほんの少しも視線をずらそうとしないのだ。なにか言いたい事でもあるかのように、沙織を見つめ続けている。
「なあ、深山。最近ちょっと、根詰めすぎじゃないか?…みんな、心配してるぞ。」
意外な言葉をかけられ、思考が停止してしまった。
「う、うん。ちょっとトラブルが多くて、リカバリーに時間かかっちゃって…。」
なんとか言葉をひねり出した沙織に、雅也は諭すように話をつづけた。
「もっと、チームの事信頼してくれよ。お前だけのプロジェクトじゃないんだから。」
「え?」
「それに、リカバリーっていうけど、お前ひとりでカバーしようとするなよ。今のままじゃ、どんなにいい仕事をしてもチームに信頼されないぞ。」
そして、雅也はあるものを沙織に差し出したのだった。