港区モード Vol.1

最後の男:「君のこと、すごいタイプ」。耳元で囁かれた女が、男の誘惑に負けた夜

最初のデートでは毎週新しいレストランを開拓していたのに、今では互いの家の近くにあるバルやビストロで、ささっと済ませることが増えたこと。

週末は金曜の夜から月曜の朝までずっと一緒にいたのに、この頃は週末に一度も会わないこともあること。

孝太郎のことは、地味だけど誠実で結婚向きな男と思っていたのに、全然オシャレじゃないし実は面白みのない男なんじゃないかとさえ思うようになってしまっていること。

そういう些細な不満が、私に小さなアラートを鳴らしているようにも思える。



“ごめん、10分くらい遅れそう!どこかお店にでも入ってて”

日曜日の六本木ヒルズ。

薫さんから届いたLINEを確認し、ウェストウォークの入り口前で、私は周囲をぐるりと一望した。

どこかお店に入るか、それとも10分くらいならこのままここで待つかと考えながら、昨夜の孝太郎との会話をふと思い出す。

「この前も言ったけど、明日薫さんと映画観に行くんだ。夜時間があれば3人でご飯食べようって言ってたけど、予定見えた?」

私が聞くと、孝太郎はとぼけた声でこう言った。

「あ、ごめん忘れてた。うーん、予定はないんだけどちょっと疲れてるから、家でゆっくりしたいかも」

ー忘れてた…。

最近、孝太郎の口から頻繁に聞くようになったこの言葉。

もう、がっかりすることさえ無駄に思えて、私は「わかった」と一言だけ返して電話を終えた。

こんな状態の時、自分以外の周りの人が皆幸せそうに見えてしまう。

六本木通りのエスカレーターを上ってきて、楽しそうに彼の方へ走り寄る女の子や、手を繋いで寄り添って歩くカップル、スマホを見ながら黙々と急ぎ足で通り過ぎる男性さえも、自分より幸せそうに見えてしまう。

私は移動する気にもならず、なんとなく恨めしい気持ちでぼーっとしていると、一人の男性が視界に飛び込んできた。


年齢は40後半から50歳くらいだろうか。スーツに詳しくない私でも一目でわかるくらい仕立ての良いものを身に纏い、颯爽と歩いている。

普段は男の人に色気を感じることなんてほとんどないけれど、その男性からは色気のような、特別な何かを感じた。


「孝太郎も、あんな男性になってくれればいいのに。…無理だろうなぁ」

気づけばそんな本音が漏れていた。



「孝太郎の良さはさ、そんなところじゃないじゃん」

映画を観終えたあと、六本木ヒルズ5階の『ビキニシス』で、今日の昼間に見かけた素敵な男性のことや、孝太郎への最近の不満までを薫さんに報告すると、彼女はそう言って笑い飛ばした。

知り合った時から、薫さんの言葉には不思議な説得力がある。

だからこの日、私の不満を薫さんに一蹴されたことで、しばらくの間は気を持ち直すことができていた。

けれど、その1週間後に事件は起こった。

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