SPECIAL TALK Vol.54

~フランスパンを日本の食文化に、その挑戦に自分のすべてを捧げたい~

「タダで使い潰してくれ」。体当たりでチャンスを掴む

木村:AIBはパンを科学的に捉えて、小麦を題材にした発酵学を勉強する場でした。卒業後、インターンシップで、その当時ニューヨークで一番評価が高かった『エイミーズブレッド』というお店で働いていたとき、エリック・カイザーに会いました。

金丸:とうとう出会ったんですね。

木村:彼と会ったのは、ラスベガスで3年に1度開催される、世界で最も大きなパンのコンベンションでした。「1日3個パンをくれれば、どうにか生きながらえる。タダで使い潰してくれていいから、住み込みで働かせてくれ」と頼み込んだところ、承諾してくれました。

金丸:また急展開ですね。なぜそこまでエリック・カイザー氏のもとで働きたいと思ったのですか?

木村:まず彼の店は、発酵過程からして独特なんです。パンの発酵というと、イースト菌を真っ先に思い浮かべる人が多いと思いますが、彼の店では、イースト菌は補助的な存在。メインは自分たちで培養した天然酵母です。そのため、ほかの一般的なパン屋とは製法も設備も違う。

金丸:オンリーワンの存在なんですね。

木村:それに、実はパンの世界には、自分のやっていることを科学的に説明できる人はあまりいません。「そう教えられたから」とか、長年の経験や勘に頼っている人がほとんどで。でも彼は科学的な知識をきちんと持っていて、それに裏付けられたパン作りで結果を出している。

金丸:なるほど。その価値観に共感した。

木村:言葉もよくわからないままフランスに渡り、宣言どおり住み込みで、朝6時から夕方までひたすらパンを作りました。そして1日3個のパンをもらい、八百屋でクズ野菜を安く譲ってもらってスープにする。そんな生活をずっと続けていました。

金丸:まさにサバイブですね(笑)。

木村:しばらくして、エリック・カイザーから「日本で講習会をやるから、助手でついてきてくれ」と声がかかりました。そのとき、彼がリクエストを出してきた。「夜、なかなか寝付けないので、安らかに眠れる部屋を用意してほしい」と。これまでも日本の担当者に何度もお願いしたそうですが、解決されず、不満がたまっていたみたいで。だから希望どおりの部屋を用意したところ、すごく喜んでくれて、それ以降、「あいつはただのパン職人じゃない」ということになり、ついには日本法人を立ち上げることになりました。

金丸:それがメゾンカイザー誕生のきっかけですか。面白いですね。どこにチャンスが転がっているかわからない。

木村:もちろん、パン作りもそれなりの腕になっていましたよ(笑)。僕はスタートが遅かったので、周りの年下の子たちと同じことをやっていてはダメで、何十倍も速くいかなきゃいけない。だから彼らはさっさと追い抜くべき対象だと決めて、自分より前にいる人に追いついては抜かし、その人のポジションを取って、さらに前に行く。その繰り返しでした。でも、チームワークは大切だから、ギスギスした関係でもいけない。いかに気持ちよく下剋上させてもらうかを、いつも考えていましたね。

金丸:木村さんはスキーをやっていたし、もとは体育会系ですよね。「年下だけど先輩」という人たちと接するとき、戸惑いはありませんでしたか?

木村:最初はどうしたものかと思いましたが、料亭で働いている幼なじみがアドバイスしてくれたんです。「教わるんだったら、頭を下げろ」と。

金丸:シンプルながら、立派なアドバイスですね。

木村:それを聞いて、「よし、明日から気持ちよく頭を下げよう」と覚悟ができました。でも元来、人に頭を下げるのが好きじゃない性格なので、早く頭を下げなくてもすむように、という思いも下剋上の原動力になりました。

金丸:その後、帰国し、2000年にメゾンカイザーの1号店を高輪に出店されます。

木村:どこに出店するかを決めるにあたっては、父が横からいろいろ言ってきて困りましたね。「こういうフランスパンの店は、青山とか表参道でドーンとやるべきだ」と。でも、そんなお金はありません。そもそも木村屋からは一銭も出ない。

金丸:実家から支援を受けて始めたわけじゃないんですね。

木村:1号店の周辺はもともと人通りが少ないのですが、昔、都電が通っていた道なので車道が広く、近くにスーパーもある。ここに間口の広い明るいお店を出したら、興味をもって覗いてくれるはずだと思いました。半分、苦肉の策でしたが、結果からすると間違っていませんでした。

金丸:中学生のときの落第回避といい、木村さんはギリギリのところで成功するタイプですね。

木村:逆に言うと、ギリギリに追い込まれないと何も考えないんでしょうね(笑)。

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