SPECIAL TALK Vol.53

~「自分の目で確かめたい」。だから周りを気にせず駆け抜けられた~

9.11テロによる変化を間近で目撃し帰国を決意

金丸:予算委員会の仕事はずっと続けたいと思うくらい面白かったにもかかわらず、辞めて帰国した理由は何だったのですか?

中林:一つは、当時遠距離恋愛をしていた夫と結婚することにしたこと。夫は日本在住でしたから。そしてもう一つが、同時多発テロです。9.11を境に、アメリカがガラッと変わってしまいました。

金丸:9.11のとき、中林さんはどこでどうしていらしたのですか?

中林:あの日は公聴会の準備があったので、朝早くからオフィスで働いていました。

金丸:ではワシントンに。

中林:オフィスにテレビがあったのですが、CNNで臨時ニュースが流れ、ワールド・トレード・センタービルの映像が映し出されて。

金丸:1機目がビルに突入したあとの映像ですね。

中林:最初はフロアにいた全員が、あれがテロだとわからず、「事故だ」と騒いでいました。すると、2機目が突っ込んだ。私が最初に「これ、テロだ」と言ったんです。「これは絶対事故じゃない」って。

金丸:CNNも混乱していましたよね。私もそのときたまたまCNNを見ていたのですが、明らかに旅客機の影だったのに、アナウンスは「小型飛行機」と。

中林:誰一人として想像していなかった事態ですからね。国防総省にも航空機が突っ込みましたが、あれも最初はナショナル・モール(国会議事堂とリンカーンメモリアルの間にある公園)に落ちたと報道されていたし。

金丸:その後はどのような状況に?

中林:大混乱ですよ。そして「大変だ、大変だ」と言っているうちに、フロアから1人いなくなり、2人いなくなり、私のほかはチーフエコノミストしかいなくなって。おかしいなと思っていると、帰宅命令も何も出ていないのに、みんな帰ってしまったんです。私も帰ったほうがいいなと外に出たら、外は人の波で大混雑でした。

金丸:ワシントンの中枢にいたからこそ、情報も混乱して大変だったでしょうね。

中林:私の家はオフィスのあるビルから通りを挟んで斜め向かいのアパートだったので、とりあえず家に帰りました。それ以上、どこかに逃げるという発想もなくて。

金丸:第一報はニューヨークだし、自分の身に危険が及んでいるとは考えられませんよね。

中林:6階の自室からすぐ前に最高裁判所の屋根が見えるのですが、そこに黒い服を着た特殊部隊のチームがわーっと集まっていて。あまりの光景に写真を撮ったりもしましたし、あとで様子を窺いにいこうかと思うくらい、私には危機感がありませんでした。でも危なかったですよね。

金丸:あの日以来、開放的だったアメリカが人を疑うようになってしまったように思います。

中林:オフィスにも変化がありました。みんなが星条旗の小旗を机に立てて、窓には大きい国旗を貼って。自分たちがいかにアメリカを愛しているかというのを表現しなきゃいけないという雰囲気でした。私はどうもそれが合わず、日本でもし仕事があれば帰ってもいいかなと思っていたところ、翌年知人を介して経済産業省が所管する経済産業研究所に職を得ました。

金丸:大きな歴史の転換点を目撃されたんですね。

中林:アメリカ全体がすごくエモーショナルになり、その後イラクに戦争を仕掛けることになり……。そうやって突き進んだ結果、今のアメリカがあるわけです。

政治家経験者にトランプ大統領はどう映る?

金丸:2002年に帰国後、2009年には、衆議院議員選挙に立候補され、見事当選されましたね。

中林:3年3ヵ月という短い期間でしたけど。私のキャリアは安全保障からスタートしていますが、当然、政治も無関係ではなく、興味を持ってはいました。日本に戻ってきて、日本の有権者は、自分が選択権を持っていることに無自覚だと感じましたし、それは有権者ばかりに責任があるのではなく、もっと政治家が、国民が「こっちがいい」と選べるような戦い方をしなければいけないと思いまして。実は、何度も頼まれて断ったあげく、最後はやることにしました。

金丸:民主党からの立候補でしたね。

中林:アメリカの政治を間近で見てきましたから、日本にも二大政党制を根付かせたいと考えたんです。

金丸:衆議院が解散し、2012年に再び選挙。惜しくも次点で自民党候補に敗れてしまいましたが、もし立候補を3年遅らせていれば、また全く違った人生だったでしょうね。もう政治の世界には入らないですか?

中林:よく聞かれます。でも私は今、本当に最高に幸せで、この幸せを捨てる理由はないんじゃないかなと。

金丸:政治家は本当にストレスフルですからね。

中林:ものすごく大変ですよ。地獄と言ってもいいかもしれません。悪口を公然と言われてもしょうがない立場なので、政治家をもう一度やることは、今は考えられませんね。

金丸:それでも、大学教授として、あるいは専門家として、ずっと政治には関わっていらっしゃる。日本では「若者の政治離れ」が盛んに言われていますが、中林さんの目から見てどうですか?

中林:海外では、学生でも政治の話をすることは普通で、自身の考えや主張がないと逆に奇異に思われるくらいです。恥ずかしがって、目立たないようにと沈黙することからは早く卒業したほうがいいですよ。

金丸:ところで、中林さんはトランプ大統領をどのように評価していますか?

中林:トランプさんの役割というのは、アメリカの二極化による弊害を顕在化させ、創造的な破壊をもたらすことなのではないかと考えています。たとえば、米国史上初めて、35日にわたる政府閉鎖(予算案の成立が遅れることで一部政府機関が閉鎖されること)が起こりました。「妥協」というと悪いことのように取られますが、真正面からぶつかるだけでなく、ときには妥協点を見つけてイデオロギーの違いを乗り越えていかないと、政治の世界ではとんでもない事態になるというのが、トランプさんのおかげでわかってきました。

金丸:大統領が無茶をやるせいで、国民がそれを学習するというわけですね。

中林:二極化をもたらしているのは、アメリカの大統領予備選挙も一因と思うんです。共和党であれば、主張が右であれば右であるほど予備選挙で勝てる。民主党はその逆。この状態が続けば、ますます議員たちの二極化が進んで、妥協点を探せなくなり、政府閉鎖のような事態が頻発するようになるでしょう。

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