爽太郎の思惑
フゥッ…
丁寧に息を吐いて彼女へと近づこうとしたところ、2人の男性に先を越されてしまった。
ー仕方ない、少し待つか…
僕は遠くの方から彼らの様子を確認しつつ、色々と思いを巡らせていた。
何人かに春瀬紗季について話を聞いていたのだが、みんなそれぞれに言うことが違う。
ある人はウットリとした面持ちで「あんな素敵な女性はいない」と言い、ある人は「あんな悪魔みたいな女、思い出したくもない」と口を閉じてしまう。
ー一体どんな女なんだか…。
正直に言うと、僕は彼女のような、正体不明で派手な女が大嫌いだ。よく分からない職業を自称しておきながら、やたら金回りが良い。そういう女には大抵、バックに「足長おじさん」と称する金持ちのおじさんがいる。
春瀬紗季自身も、どこかの役員だと聞いたが、仕事らしい仕事なんてしていないだろう。
自惚れかもしれないが、”爽太郎”という名前のとおり誠実に見えるらしい僕は、これまで女性を口説くのに失敗した試しがない。けれど恋愛に特に興味のない僕は、これまでそのことを利用したり、自慢に思ったことなどもなかった。
だが今回だけは、それが役に立ちそうだ。
ーさて、そろそろ行くか…
気がつけば、すでに何人かが代わる代わる春瀬紗季に声をかけていた。彼女は特に嬉しそうでも嫌そうでもなく、慣れた様子で淡々と彼らをさばいている。
僕は彼女に対する嫌悪感を心の奥底へと仕舞い込み、彼女に声をかけた。
「突然すみません、少しお話しさせて頂いても良いですか?」
彼女は僕の方をちらりと一瞥すると、先ほどと変わらぬ表面上の作り笑顔を薄く浮かべ、「ええ」と答えた。
彼女から漂う花の蜜のような甘く官能的な香りに、鼻がムズムズとする。
「あまりこういうことには慣れていなくて…。でも、すごく気になって、どうしてもお話ししてみたくて。あ、私、宮永爽太郎と申します」
そう言って僕は名刺を渡す。しかし、彼女はそれに目を通すことなく、手の中にあった、先ほどもらったであろう何枚もの名刺の中に紛れ込ませてしまった。
ーこのままでは、僕はその他大勢の一人だ…
そう思った僕は、「失礼」と言って、彼女の手の中から自分の名刺を取り出し、それを彼女の目の前でクシャリと潰した。
「え…、あの…」
先ほどまでの作り笑顔が、やっと崩れた。
僕は潰した名刺を平らに伸ばし、そして彼女の手の中に再び戻す。平らに伸ばしたとは言え、折り目は消えることなく、不格好に他の名刺から浮いて重なった。
「失礼しました。ただ、こうしておけば、僕の名刺がどれだかすぐに分かるかと思って」
その言葉に、紗季は他と馴染まずにいる僕の名刺に目線を落とす。そして「フフッ」と小さく笑った。
「変な人ね…」
そう言って笑顔で僕の目をじっと見つめる。歳は僕と同じくらいか、もう少し上だろうか?でも、その笑顔は少女のように可憐でありながら、ドキリとするほどに艶っぽい。
その妖艶な瞳の印象があまりに強く、胸の中がざわめく。
ーさぁ、この女性をどうやって口説き落とそうか。そして、本来の目的を果たさなければ…
冷静さを取り戻すため、彼女に近づく目的について考えを集中させる。
僕が彼女に近づく理由はたった一つだけ。
僕は彼女から、政権を揺るがすかもしれない、ある“重要な情報”を盗み出さなければならないのだった―。
▶︎NEXT:3月14日 木曜更新予定
ある目的のために近づく爽太郎。だが、何枚も上手の彼女に徐々に翻弄されていく…
この記事へのコメント
なのに、宣伝が再生不可で更新マークがずっとくるくる。。。
久々にワクワクする
これからの展開がすっごく楽しみです