SPECIAL TALK Vol.52

~日本とバングラデシュ、一方的な支援ではなく、双方の課題解決を~

高校からの提案に、母が敢然と立ち向かう

三輪:それで無事、掛川西高に入学できたのですが、入学初日に事件が起きまして。

金丸:また壇上で何か?

三輪:いえ、そういうわけではなく(笑)。全校集会のあと、うちの親が校長室に呼び出されました。

金丸:えっ、入学初日に呼び出しですか?

三輪:父は仕事で来ていなかったので、母が校長室に。

金丸:何か身に覚えは?

三輪:まったく。いったい何だろうと不安だったのですが、家に帰って母から話を聞いてびっくりしました。掛川西高は理数科という特進コースと9回の甲子園出場実績のある野球部が、いわゆる学校の看板で、どちらも特別な入試があるのですが、開校以来110年以上の歴史のなかで、僕が初めてその両方の合格をもらったというのです。どちらか一方合格できれば良いと思っていたので、本当に嬉しかったですね。

金丸:すごい! 快挙じゃないですか!

三輪:いや、それで話が終わればいいのですが、母が学校から言われたのは「両方に合格したという事例が過去にないので、どちらかを辞退してください」ということだったのです。

金丸:どちらの方向でいくかを選べと。野球と勉強は両立できないと、学校側は判断したんですね。

三輪:そうです。しかし、母は「ふざけないでください」と返したそうです。「うちの息子は野球と勉強がしたくて、この学校に入ったんです」と。

金丸:校長先生相手に、ご立派なお母様ですね!

三輪:すると学校は条件を出してきました。1ヵ月後に3軍まである野球部の1軍に入ること、そして学力テストで学年トップ10に入ること、の2つです。

金丸:それは相当厳しい。1ヵ月経って達成できなければ……。

三輪:いろんな思いが駆け巡りましたね。もしかしたら1ヵ月後はこの教室にいないかもしれないし、野球部は野球部で、1ヵ月後にはやめることになるかもしれない。入学2日目にして、いずれみんなとお別れするかもしれないと思いながら、高校生活がスタートしました。

金丸:それで結局どうなったのですか?

三輪:両方勝ち取りました。

金丸:大したものですね!

三輪:人生で一番頑張った1ヵ月だった気がします(笑)。

金丸:ところで、お母様は「ふざけないでください」と啖呵を切った。お父様はどんな反応だったのでしょう?

三輪:父は「学校もわかってるじゃないか」と言っていました。

金丸:あれ? どういうことでしょう?

三輪:うちの父は、勉強よりも野球をやったほうが人生にプラスになると考えていたようで、「よしよし、開人はもう野球に専念しようか」と(笑)。

金丸:お父様だけ、ちょっとずれていませんか(笑)。

三輪:でも「野球をやりたくて入ったんだから、野球をやったらいいじゃないか」と言われたのは、すごくうれしかったですよ。通わせてもらった塾の授業料も決して安くはなかったので、「勉強をやれ」と言われるんじゃないかと思っていましたから。

金丸:そうか。ご両親とも「野球をやめろ」とは言わなかった。

三輪:僕が一番やりたいことをやれるように、いつも考えていてくれたんです。

金丸:あれこれ口を出さずにいられない親御さんにしてみると、非常に耳の痛い話です(笑)。

三輪:ただ、甲子園を目指しながらもその夢は果たせず、しかも野球メインの生活だったので、現役のときは大学受験で失敗しました。そして浪人のために東京に出て、予備校の「東進ハイスクール」に通いはじめました。

金丸:三輪さんは、「今でしょ!」で有名な林修先生の教え子だそうですね。

三輪:はい。東進ハイスクールで林先生、そして映像授業と出会い、その後の人生に大きな影響を受けました。

バックパックの旅の途中、国際協力と運命の出会い

三輪:僕は東京大学の理科一類を目指していたんですが、東大の入試は面白くて、理系科目であっても国語ができないと合格できません。ところが、僕は小さい頃から国語が大の苦手で、たとえば「◯◯さんはどんな気持ちで八百屋に行きましたか?」という設問があるとすると、前後の文脈は完全に無視して、「トイレに行きたいと思っていたから」と平気で解答するような子どもでした。

金丸:いいじゃないですか(笑)。間違いとは言い切れませんよ。

三輪:気持ちなんてわからないだろ、と僕も思っていたのですが、林先生の公開授業を受けて、考えが変わりました。「現代文という教科は、与えられた本文のなかから答えを導き出す、非常に数学的な学問だ」と教えられて。

金丸:一浪して大学はどちらに?

三輪:早稲田大学の法学部です。

金丸:高校は理数科だし、もともと理系だったのでは?

三輪:センター試験でかなりいい点数が取れたので、早稲田という選択肢が出てきたんです。林先生は東大の文科一類で、法学に近い専攻だったと聞いていたので、「法学部には林先生のような人が育った何かがあるんだ」と思い、先生に相談のうえで早稲田に決めました。

金丸:大学生活はどうでしたか?

三輪:当然ですが、周りは幼い頃から法律家になることを目指していた人たちばかりです。そんな人たちに囲まれているのに、僕は将来、自分が何をやりたいのかがわからない。いろいろ悩んでいるうちに、先輩に勧められるまま、大学3年生の春から秋にかけて半年間、バックパックでアジアを回る旅に出ました。

金丸:おっ、一気に海外に。

三輪:陸路で国境を越える旅への憧れがあって。最初は中国の北京から入って、万里の長城を見て、兵馬俑がある西安、そこから九寨溝、最後はシャングリラの雲南省と、各地の世界遺産を押さえながら旅したんですが、何か物足りなくて、陸路でラオスに入る頃には、人と触れ合うスタイルに変えようと決めました。そして、ラオスで最初に訪れた町で、地元のお祭りに遭遇し、そこで楽しくお酒を飲んでいたら記憶を飛ばしてしまい……。

金丸:えっ! 大丈夫でしたか? 荷物は盗まれなかった?

三輪:1日半寝込んでいたらしいのですが、目を覚ますと、100ドル札やトラベラーズチェックが1枚ずつ干してありました。

金丸:どういうことですか?

三輪:どうも酔っ払って、泥のなかに突っ込んだらしいんです(笑)。泥まみれになった僕を家に連れて帰り、財布やお札を洗って乾かしてくれた人がいまして。

金丸:それはまた親切な。ラオスの人ですか?

三輪:はい。話を聞くと、かつて日本人の青年海外協力隊から英語を教わったそうで、息子に「ジロウ」と名付けるくらい親日の方でした。

金丸:協力隊から受けた恩を、同じ日本人に返そうとされたんですね。異国でそんな親切な方に出会えてよかった。

三輪:この出来事をきっかけに、僕は国際協力というのは、自分の次の世代や、次の次の世代のために残すものではないかと考えるようになりました。とても興味がわいて、それからは国際協力にかかわっている人たちの活動地を訪れることにしたんです。

金丸:泥酔したことが、今の三輪さんにつながっている。人生ってわかりませんね(笑)。

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