無業の女王 Vol.2

働かずに生きてやる。彼に裏切られて人生最悪の日に下した、34歳・独身女の無謀な決断

砕かれる帆希の心、その先には…


「映像化されていない先生の作品を、ぜひ映画化したいって。いくつもオファー頂いているんですよ」

この日は、私と涼輔が出会うきっかけを間接的に作った大手出版社の編集者である坂井さんが、うちにやってきた。

昨年、同業者と結婚した坂井さんは、8ヵ月になる大きなお腹を時々優しく撫でながら私と話をしていた。

その仕草ひとつひとつが、キラキラと眩しくて…尊かった。私にはないものを彼女は持っている。何とも言えないダークグレーな気分が、蜘蛛の巣のように張り巡らされていく。

「そう言えば、先生の取材で5年ほど前、お世話になった…不動産会社の…牧野さんでしたっけ? お見掛けしたんですよ~意外な場所で」

一通り父の思い出話が終わった頃、坂井さんから涼輔の名前が出て、私は驚きを隠せなかった。

私と涼輔が付き合っていたことすら知らない坂井さんは、屈託のない笑顔で話を続けるのだった。

「私の通ってる産婦人科に、付き添いでいらしてたみたいだったんで…話かけたんです。牧野さん、授かり婚みたいですよ!お相手がかなりお若い方でびっくりしたんですけどね」


―授かり婚…相手はかなり年下……。

「そうですか…お幸せそうでなによりです」

私は、満面の笑顔を坂井さんに向けていた。

涼輔は、私が「家事手伝い」として優雅な時間を過ごしていた頃、婚活に励んでいたのだ。私は何年もの間、そのことに気づくことも出来なかった。涼輔のことを見ていなかったのだ。

愛していた人に裏切られて悲しい。それは確かに悲しくて悔しくて、今からでも涼輔の会社に乗り込んで、「この男は最低の人間です」と大騒ぎしたい。

若い妊婦の妻らしき小娘に「この泥棒猫!」なんて昼ドラみたいに罵っても罰はあたらないはずだ。

だけど私は絶対に、しない。
この話の事実確認もしない。
何が真実であろうと、私と涼輔は別れたことに変わりない。
そして、涼輔の心に、もう、私はいない。
いない、のだ―。

―私……もしかして…人生のどん底!?

そう思うと、何でもやれそうな気がしてきた。

今の私のままで、とことん生きてやる。この10年、無駄なことはなかったと思うために生きるのだ。

私は私を見捨てたりしない。誰が私を見捨てようと、見下そうと、私くらい私を大事にしてやりたい。

34歳、国立大卒、独身、無職。

『働かずしていかに生きるか』

人生、最低最悪の日に、生きる目標を私はやっと見つけたのだった。


▶Next:12月16日 日曜更新予定
傷心の帆希は、兄の家族のもとへ転がり込む。何とか寄生出来ないかと試みる帆希の前に立ちはだかるものとは…。

※本記事に掲載されている価格は、原則として消費税抜きの表示であり、記事配信時点でのものです。

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