黒塗りの扉 Vol.10

【最終回】黒塗りの扉:運転手の仕組んだ罠で、破滅へ向かう2人…そして全ての謎が明かされる

東京のアッパー層を知り尽くし、その秘密を握る男がいる。

その男とは…大企業の重役でも、財界の重鎮でもなく、彼らの一番近くにいる『お抱え運転手』である。

一見、自らの意思などなく雇い主に望まれるまま、ただ黙々と目的地へ向かっているように見える運転手が。

もしも…雇い主とその家族の運命を動かし、人生を狂わせるために近づいているのだとしたら?

これは、上流階級の光と闇を知り尽くし支配する、得体の知れない運転手の物語。

ようこそ…黒塗りの扉の、その奥の…闇の世界へ。

これまでのあらすじ


自らの手腕で成り上がった男・環利一(たまき・としかず)。利一は、新たに雇った運転手・鈴木明(すずき・あきら)の身辺調査を始め、そこで得た情報を自身の別荘で鈴木に突きつけた。だが鈴木には利一の手の内を全てを見抜かれており、逆に利一の方が破滅へと追い込まれていく。そして鈴木のターゲットは、妻へと変わってしまう…?


「週刊誌の記者からの問い合わせが、また来ました。今はまだ担当者不在で乗り切っていますが、そろそろ何かしらのコメントを出さねば、彼らは強硬手段に出かねません。今はまだ他社に漏れていないから、独占のコメントが欲しいと」

社長室と広報室をつなぐ専用ラインのスピーカーから聞こえてくる、今日3度目の広報担当者の声に、利一はわかったとだけ答えてスイッチをオフにした。

彼が言う強硬手段とは、記者が利一の確認を取らずに記事を書く事だ。見出しは想像がつく。「時代の寵児と言われた男、環利一、失脚。逮捕までのXデー」と言ったところか。

記者は、信用できる筋からの内部告発だと言っているという。

―誰だ。

先日解雇した数人を筆頭に、自分を恨む人物の顔などいくらでも思い浮かんでしまい、環は苦笑いするしかなかった。

社長室はガラス張りだが、ボタン一つで外からは見えない色に変化させることもできる。社員には、俺が昼寝するときに使うんだよと説明してあった。そのボタンを押し、ガラスが白く曇るのを確認すると、環はソファー座って全身の力が抜けるのを感じた。

検察の捜査が入る、などという情報を先にリークさせるために、佐藤のような密偵を警察や検察の中に忍ばせているというのに、今回はそこからの情報は一切こない。

確かめてみようと思い、その中の一人の電話番号を求めて携帯電話を取り出したが、ヤブヘビになるかもしれないと思い直し、電話をかけるのをやめた。

電話をソファーの上に投げ出し、背もたれぐったりと背中をあずける。無機質な天井を見上げていると、自然と大きなため息が出た。

証券取引法違反も出資法違反も、ギリギリのところで法を犯してはいないはずだ。それでも、細かな法の隙をつき、その網目をかいくぐり儲けてきた利一のことは、検察にとっても、派生する税務の調査員にとっても、隙あらば調査したい対象だろう。

内部に告発者がいる場合、数字に細工され、何かの罪を仕立て上げられて全てを失う可能性もある。とかく、利一のように若く成功し成り上がった、日本経済の仕組みに従わなかった者たちは、公的権力には嫌われるもので、その追い込みはきつい。

事実、利一はそうして落ちぶれていった同世代の経営者たちを知っている。

―明ちゃん来てから、狂いっぱなしだな。

2週間前に、葉山から会社まで送り届けてもらって以来、姿を消した運転手・鈴木のことをふと思い浮かべたとき、彼が言い残した言葉が蘇ってきた。

ー明日から忙しくなりますよー

―もしかして、このことだとすると…。

利一は混乱した。もし、このことが鈴木が仕組んだ置き土産だとするなら、鈴木の目的がますます分からなくなったからだ。

これが鈴木の計画だとして、あの男が利一の社会的な失脚を狙っているということならば、この方法が成功すれば、たしかに利一は高い確率で失脚する。だがそうすると、わざわざ聡美のことを利用するまでもないはずだ。

ー今日は…帰らない方がいいかもしれないな。

自宅にも記者がいる可能性が高い。聡美と琴にも、気をつけるように伝えようと携帯で聡美の番号を押すと、1コール目で聡美が出た。

「あれ?聡美ちゃん、今日なんか電話に出るの、早くない?」

驚きながら茶化してみたが、聡美はいつもの通り落ち着いた口調で、そうかしらと言っただけだった。

それに、この前の電話で、私のことには口出さないで、と言われて以来、家で顔を合わせても気まずさは抜けず、以前よりよそよそしくなっているくらいだった。

そんな最近の聡美の言動を思い出そうとしたが、今は緊急事態だ。

利一は深く考えることをやめて事情を説明した。そっちにも記者が行く可能性があるから気をつけて欲しい、ということと、自分は今日会社に泊まって、スタッフと今後の対策を練りつつ、だれが告発したのか調べることになる、と告げた。

すると、わかりました、と言う声が小さく聞こえた。聡美を安心させたくて、利一は明るい声を演じる。

「でも、安心して。聡美ちゃんと琴には迷惑かからないようにするからさ。俺も法に触れることはギリしてないし。あ、俺のことはどうでもいいか」

おどけた利一に、聡美は返事をしなかった。だが会話が少なくなるのはいつものことで、コンシェルジュには今回の事情を伝えていることと、インターフォンが鳴っても出なくていいとを伝えて、電話を切ろうとした。すると

「……」

聡美が何かを言った気がして、利一が聞き返すと聡美は、聞こえなかったならいい、利一さんも気をつけてね、と言った。

いつもより随分優しい気がした聡美の声に、利一は素直に驚いてしまう。

「聡美ちゃんに、俺が心配されるなんていつぶりだろ。もしかして初めて?うわ、事件、起こって良かったかも」

照れ臭さから軽さが増した利一の口調にも、聡美はそっけなく、じゃ、とだけ言って電話を切った。

電話の切れた音と、聡美の声の余韻が利一の脳内で混じると、利一はなぜか胸騒ぎを覚えた。だがその理由が自分でもわからないまま、スタッフからの再度の呼び出しの通知音に、意識を戻した。......

黒扉

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