黒塗りの扉 Vol.9

夫に内緒で、運転手との駆け引きに応じた妻。その先に待つのは破壊か、それとも・・・?

東京のアッパー層を知り尽くし、その秘密を握る男がいる。

その男とは…大企業の重役でも、財界の重鎮でもなく、彼らの一番近くにいる『お抱え運転手』である。

時に日本を動かす密談さえ行われる「黒塗りの高級車」は、ただの「移動手段」ではない。それゆえ、上流階級のパーティではいつも、こんな会話が交わされる。

「いい運転手を知らないか?」

一見、自らの意思などなく雇い主に望まれるまま、ただ黙々と目的地へ向かっているように見える運転手が。

もしも…雇い主とその家族の運命を動かし、人生を狂わせるために近づいているのだとしたら?

これは、上流階級の光と闇を知り尽くし支配する、得体の知れない運転手の物語。

ようこそ…黒塗りの扉の、その奥の…闇の世界へ。

これまでのあらすじ


自らの手腕で成り上がった男・環利一(たまき・としかず)。利一は、新たに雇った運転手・鈴木明(すずき・あきら)の身辺調査を始め、そこで得た情報を自身の別荘で鈴木に突きつけた。だが鈴木には利一の手の内を全てを見抜かれており、逆に利一の方が破滅へと追い込まれていた…?


鈴木明は、幼い頃から夜が好きだった。

計画通り環利一をリビングに置き去りにした鈴木は、利一に用意してもらっていた離れのベッドに、バスローブ姿のまま腰掛けた。

開け放ったままの窓から入る風が、シャワーを浴びたばかりの体にまとわりつくのを心地よく思いながら、明りをつけずに闇夜を見つめた。

「あなたとのゲームがチョロすぎて」

自分が口にした台詞を、鈴木はもう一度声に出してみた。少し芝居掛かり過ぎたかもしれない、と至極真面目に反省していた時、ベッドの上に放置していた携帯が、メッセージの着信を告げる短い音を立てた。

『手配した』

携帯を持ち上げることもせずに、液晶に光った通知画面だけでそれを確認する。

返信するまでもない、協力者からの業務連絡のようなものだ。利一の会社に捜査が入ることが、聡美に知らされた、という知らせ。

ー聡美を、傷つけるのは許さない。絶対になー

自分が煽ったとはいえ、怒りに任せてそう言った利一のことを、鈴木は羨ましく思った。誰かのために感情を荒ぶらせることができるのは、どんな気分だろうか。

ーお前の本性も、そのバカにした口調も、どうでもいいー

利一はそう言ったが、自分に本性などというものがあるのなら教えて欲しいくらいだ、と鈴木は思う。

『君は、人が何を求めているのかを恐ろしい程に察知する。だからこの仕事に向いている』

ある人物に、そう言われた。その人が鈴木を運転手にスカウトし、今の鈴木が作られた。だが。

『鈴木、君は自分に興味がなさすぎる。それに欲望というものが見えない。どうしても欲しいと思うものはないのか?』

出会ってから8年が経ったというのに、鈴木は未だにその質問に答えてはいないし、思いついてもいない。

今回の仕事が終われば、また彼に呼ばれることになるが、その時にはまた問われてしまうのだろう。そう思うと鈴木は、少し面倒な気持ちになる。

―明という名前をつけるところからして悪趣味だけど…全く困った人だ。

自分を憂鬱な気分にさせる、この世で唯一の人物。鈴木は、その人物の顔を脳裏から追い出した。

鈴木が利一のもとを離れる日は、もう目の前まできている。その最後の仕上げに取りかかるため、鈴木は電話を手に取った。......

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